一 島田沼南は大政治家として葬られた。清廉潔白百年稀に見る君子人として世を挙げて哀悼された。棺を蓋うて定まる批評は燦爛たる勲章よりもヨリ以上に沼南の一生の政治的功績を顕揚するに足るものがあった。 沼南には最近十四、五年間会っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 一昨年の夏、ロシアより帰国の途中物故した長谷川二葉亭を、朝野こぞって哀悼したころであった。杉村楚人冠は、わたくしにたわむれて、「君も先年アメリカへの往きか返りかに船のなかででも死んだら、えらいもんだったがなァ」といった。彼の言は、戯言・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 一昨年の夏、露国より帰航の途中で物故した長谷川二葉亭を、朝野挙って哀悼した所であった、杉村楚人冠は私に戯れて、「君も先年米国への往きか帰りかに船の中ででも死んだら偉いもんだったがなア」と言った。彼れの言は戯言である、左れど実際私として・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ところが他殺でないことがわかったきょうでも、まだ死者に対するはっきりした哀悼は示されていない。 命を奪われるほど悪人でなかった故人。むしろ弱点も人間的といえた故人。国鉄五十万人と運命をともにした故人。世間に暗い衝撃を与えることは、故人の・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・となった人々への哀悼、遺族への慰問の責任を表明した。けれども、当時あの新聞をよんだ一般市民は、阿佐操縦士の妹きくえさんの言葉をどう受けとっただろう。きくえさんは、涙に頬を濡して、「無電がついていなかったんでしょうか。無電があったら、兄は決し・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・彼の生涯を表象しているようなこの小さい二つの鋲の意味に数千人の哀悼者の内何人が心をとめて見ただろう。 いつだったか古いことだ。何かで、下駄の前歯が減るうちは、真の使い手になれぬと剣道の達人が自身を戒めている言葉をよんだ。 マヤコフス・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・その時、ツルゲーネフは極めて自然の感情の発露によってゴーゴリの功績を讚えた哀悼文を書き、それをモスクワの或る新聞へよせた。すると、日頃ツルゲーネフに目をつけていた官憲はその文章が不穏であるという咎で、ツルゲーネフを、ペテルブルグ要塞監獄へい・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
出典:青空文庫