・・・また、古びた徐園の廻廊に懸けられた聯句の書体。薄暗いその中庭に咲いている秋花のさびしさ。また劇場や茶館の連った四馬路の賑い。それらを見るに及んで、異国の色彩に対する感激はますます烈しくなった。 大正二年革命の起ってより、支那人は清朝二百・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・此処にはそれを廻る玉垣の内側が他のものとは違って、悉く廻廊の体をなし、霊廟の方から見下すとその間に釣燈籠を下げた漆塗の柱の数がいかにも粛々として整列している。霊廟そのものもまた平地と等しくその床に二段の高低がつけてあるので、もしこれを第三の・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・「百二十間の廻廊があって、百二十個の灯籠をつける。百二十間の廻廊に春の潮が寄せて、百二十個の灯籠が春風にまたたく、朧の中、海の中には大きな華表が浮かばれぬ巨人の化物のごとくに立つ。……」 折から烈しき戸鈴の響がして何者か門口をあける・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・左右に開く廻廊には円柱の影の重なりて落ちかかれども、影なれば音もせず。生きたるは室の中なる二人のみと思わる。「北の方なる試合にも参り合せず。乱れたるは額にかかる髪のみならじ」と女は心ありげに問う。晴れかかりたる眉に晴れがたき雲の蟠まりて・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・京都の黄檗山万福寺と同様、大雄宝殿其他の建物を甃の廻廊で接続させてあるのだが、山端で平地の奥行きが不足な故か、構造の上でせせこましさがある。数多の柱列を充分活かすだけの直線の延長が足りないとでも説明すべきなのか。京都の万福寺の建物では智的で・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・竹林の蔭をゆるやかな傾斜で蜒々と荒れるに任されていた甃廻廊の閑寂な印象。境内一帯に、簡素な雄勁な、同時に気品ある明るさというようなものが充満していた。建物と建物とを繋いだ直線の快適な落付きと、松葉の薫がいつとはなししみこんだような木地のまま・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・広い宮殿の廻廊からは人影が消えてただ裸像の彫刻だけが黙然と立っていた。すると、突然ナポレオンの腹の上で、彼の太い十本の指が固まった鉤のように動き出した。指は彼の寝巻を掻きむしった。彼の腹は白痴のような田虫を浮かべて寝衣の襟の中から現れた。彼・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫