・・・ 二三箇月たった後、僕は土屋文明君から島木さんの訃を報じて貰った。それから又「改造」に載った斎藤さんの「赤彦終焉記」を読んだ。斎藤さんは島木さんの末期を大往生だったと言っている。しかし当時も病気だった僕には少からず愴然の感を与えた。この・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・そこで、当番御目付土屋長太郎、橋本阿波守は勿論、大目付河野豊前守も立ち合って、一まず手負いを、焚火の間へ舁ぎこんだ。そうしてそのまわりを小屏風で囲んで、五人の御坊主を附き添わせた上に、大広間詰の諸大名が、代る代る来て介抱した。中でも松平兵部・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 四 土屋の家では、省作に対するおとよの噂も、いつのまにか消えたので大いに安心していたところ、今度省作が深田から離縁されて、それも元はおとよとの関係からであると評判され、二人の噂は再び近村界隈の話し草になったので、・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・坪内君、大阪朝日の土屋君、独逸のドクトルになってる渡辺龍聖君なぞと同時代だった。尤も拠ろない理由で籍を置いたので、専門学校の科程を履修しようというツモリは初めからなかったのだから、籍を置いたというだけで、殆んど出席しなかったが、坪内君の講義・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・あの甥は土屋という家に嫁いだ私の実の姉の一人息子にあたっていて、年も私とは三つしか違わなかった。甥というよりは、弟に近かった。それに、次郎や末子の生まれた家と、土屋の甥のしばらく住んでいた家とは、歩いて通えるほど近い同じ隅田川のほとりにあっ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・自分のたずねた時は大きな木箱に書物のいっぱいつまった荷が着いて、土屋君という人がそれをあけて本を取り出していた。そのとき英国の美術館にある名画の写真をいろいろ見せられて、その中ですきなのを二三枚取れと言われたので、レイノルズの女の子の絵やム・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・半分笑いながら、「このお婆ちゃんは頑固でどうしてもお医者がいやだって仰云るのよ。土屋さん、一つすすめて頂戴」と、なほ子はその客に云った。土屋が帰ると、まさ子は、横になりながら、「一つは精神的にも来ているんだろう」と云った。・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ 工場の女と犬 十月雨の日 女工「マル マル マルや 来い来い お前を入れて置きたいのは山々だけれどもね、土屋さんに叱られるといけないから出てお呉れ、ね、マルや マル」 別の声「何云ってるの」「―・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫