・・・傍には土鍋の如きものに、多分牛乳か、粥のようなものが入っているのであろう。其れから白い湯気が立ち上っています。うす暗い、煤けた家の裡の陽炎のように上る湯気には、また限りないなつかしさが籠る。そして季節は秋の末であろうか、ストーヴには火が燃え・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・凉炉と膳との蔭に土鍋が置いて有て共に飯匕が添えて有るのを見れば其処らに飯桶の見えぬのも道理である。 又た室の片隅に風呂敷包が有って其傍に源三郎の学校道具が置いてある。お秀の室の道具は実にこれ限である。これだけがお秀の財産である。其外源三・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・傾きやすき冬日の庭に塒を急ぐ小禽の声を聞きつつ梔子の実を摘み、寒夜孤燈の下に凍ゆる手先を焙りながら破れた土鍋にこれを煮る時のいいがたき情趣は、その汁を絞って摺った原稿罫紙に筆を執る時の心に比して遥に清絶であろう。一は全く無心の間事である。一・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ お節は涙を拭いて音をたてずにあちこちと物を片づけ土鍋に米をしかけてゆるりと足をのばした。「ほんにまあ、珍らしい事やなあ。 今日が楽しみや。 達も、顎の痛さを忘れるほど軽い気持になった。 自分は次の間に、お節・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫