・・・ やがて、蓄音機のうたい出したのは、「ねんねん、ころころ、ねんねしな。 坊やは、いい子だ、ねんねしな。 …………」という、子守唄でありました。 おかよは目に涙をうかべて、きいていました。哀れな、子供を失って気・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・寺の老和尚さんも「そうかよ。坊やは帰るのかよ。よく勉強していたようだったがなあ……」と言ったきりで、お婆さんも、いつも私がFを叱るたびに出てきてはとめてくれるのだが、今度は引とめなかった。私たちの生活のことを知り抜いている和尚さんたちには、・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・りの対手が貞夫というに至っては実に滑稽にござ候、先夜も次の間にて貞夫を相手に何かわからぬことを申しおり候間小生、さような事を言うとも小供にはわからぬ少し黙っていておくれと申し候ところ『ソラごらん、坊やがやかましいことをお言いだから父様の・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・「さ、坊や、お父ちゃんが帰ってくるんだよ。お父ちゃんが」 お君は背中の子供をゆすり上げ上げ、炎天の下を走った。 小林多喜二 「父帰る」
・・・「おばあちゃん、地震?」 と誰かの口真似のように言って、お三輪の側へ来るのは年上の方の孫だ。五つばかりになる男の児だ。「坊やは何を言うんだねえ」 とお三輪は打ち消すように言って、お富と顔を見合せた。過ぐる東京での震災の日には・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・といつになく優しい返事をいたしまして、「坊やはどうです。熱は、まだありますか?」とたずねます。 これも珍らしい事でございました。坊やは、来年は四つになるのですが、栄養不足のせいか、または夫の酒毒のせいか、病毒のせいか、よその二つの子供よ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ねえ、坊や。」 と言って、這い寄る二歳の子を膝へ抱き上げた。 太宰治 「親という二字」
・・・老母や妻のおどろき、よろこびもさる事ながら、長女も、もの心地がついてから、はじめてわが家のラジオが歌いはじめるのを聞いてその興奮、お得意、また、坊やの眼をぱちくりさせながらの不審顔、一家の大笑い、手にとるようにわかるのだ。そこへ自分が帰って・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・「坊や、痛いか。痛いか。」私には痛かった。 私の祖母が死んだのは、こうして様様に指折りかぞえながら計算してみると、私の生後八カ月目のころのことである。このときの思い出だけは、霞が三角形の裂け目を作って、そこから白昼の透明な空がだ・・・ 太宰治 「玩具」
・・・「坊やのアンヨはどこだ? オテテはどこだ?」 などと機嫌のいい時には、手さぐりで下の男の子と遊んでいる様を見て、もし、こんな状態のままで来襲があったら、と思うと、また慄然とした。妻は下の男の子を背負い、私がこの子を背負って逃げるより・・・ 太宰治 「薄明」
出典:青空文庫