・・・ 老人は、机のはしに、丸い爪を持った指の太い手をついて、急に座ると腰掛が毀れるかのように、腕に力を入れて、恐る/\静かに坐った。 朝鮮語の話は、傍できいていると、癇高く、符号でも叫んでいるようだった。滑稽に聞える音調を、老人は真面目・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・三代と続く商家も少いとよく言われるように、今度の震災を待つまでもなく、旧いものの壊れる日が既に来ていたろうかとは、母のような人でなければ疑えない事であった。先代を助けて店をあれまでにした母として見たら、新しい食堂なぞに新七の手を出すことは好・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 地震があれば壊れるような家を建てて住まっていれば地震の時に毀れるのは当り前である。しかもその家が、火事を起し蔓延させるに最適当な燃料で出来ていて、その中に火種を用意してあるのだから、これは初めから地震に因る火災の製造器械を据付けて待っ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 地震があれば壊れるような家を建てて住まっていれば地震の時に毀れるのは当り前である。しかもその家が、火事を起し蔓延させるに最適当な燃料で出来ていて、その中に火種を用意してあるのだから、これは初めから地震に因る火災の製造器械を据付けて待っ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・必要がなくなれば自然に毀れる。唯、利益、存在の意義の軽重によって、それが予期したより十年前に自ら倒れるか、十年後に倒れるかである。またオリヂナルの方が早く自然に滅亡するか、イミテーションの方が先に滅亡するかであって、大した違いはない。片方だ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ 人を救うためにはが唯一の手段じゃないか、自分の力で捧げ切れない重い物を持ち上げて、再び落した時はそれが愈々壊れることになるのではないか。 だが、何でもかでも、私は遂々女から、十言許り聞くような運命になった。 四 ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ あれで獄舎が壊れる。何百人かの被告は、ペシャンコになる。食糧がそれだけ助かる。警察の手がいらなくなる。それで世の中が平和になる。安穏になる。うまいもんだ。 チベットには、月を追っかけて、断崖から落っこって死んだ人間がある。というこ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・どうせまた水が出れば火山灰の層が剥げて、新らしい足あとの出るのはたしかでしたし、今のは構わないでおいてもすぐ壊れることが明らかでしたから。 次の朝早く私は実習を掲示する黒板にこう書いておきました。 八月八日農場実習 ・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
出典:青空文庫