・・・僕はその時天岡の翁も、やはり小杉氏の外貌に欺かれているなと云う気がした。 成程小杉氏は一見した所、如何にも天狗倶楽部らしい、勇壮な面目を具えている。僕も実際初対面の時には、突兀たる氏の風采の中に、未醒山人と名乗るよりも、寧ろ未醒蛮民と号・・・ 芥川竜之介 「小杉未醒氏」
・・・後に母の母が同棲するようになってからは、その感化によって浄土真宗に入って信仰が定まると、外貌が一変して我意のない思い切りのいい、平静な生活を始めるようになった。そして癲癇のような烈しい発作は現われなくなった。もし母が昔の女の道徳に囚れないで・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・容易なだらけ切った気持ちで有るが儘の世相の外貌を描いただけで、尚お且つ現実に徹した積りでいるなど、真に飽きれ果てた話だ。こんなものが何んで現実主義といえよう。 前述の如く、純芸術的の作品が民衆に感動を与えるのは何の為めかというに、それは・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・男の行為は、その行為の外貌は、けれども多少はなやかであった。われは弱き者の仲間。われは貧しき者の友。やけくその行為は、しばしば殉教者のそれと酷似する。短い期間ではあったが、男は殉教者のそれとかわらぬ辛苦を嘗めた。風にさからい、浪に打たれ、雨・・・ 太宰治 「花燭」
・・・いまのあの編輯人の無礼も、かれの全然無警戒のしからしめた外貌にすぎない。作家というものは、なんでもわかって、こちとらの苦しみすべて呑みこんでいるのだ、怒り給うことなし、ときめてしまって甘えて居る。可愛さあまって憎さが百倍とは、このことであろ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・あひるの場合でもやはりいわゆる年ごろにならないと、雌雄の差による内分泌の分化が起こらないために、その性的差別に相当する外貌上の区別が判然と分化しないものと見える。それだのに体量だけはわずかの間に莫大な増加を見せて、今では白の母鳥のほうがかえ・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・しかしそれにしてもこのボーイの外貌について、一つ著しい変化の起っているのを見逃す事は出来なかった。それは、地震前には漆のように黒かった髪の毛が、急に胡麻塩になって、しかもその白髪であるべき部分は薄汚い茶褐色を帯びている事であった。そして、思・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・教育の外貌は益々庭訓風になっているが生活の現実が刺戟する発展への翹望が、若い女性の心に皆無であろうなどとは、想像する者さえない。そのような心持の生きてに出会うということは、必しも望みなくはないのである。自身の求める恋愛の質や内容がはっきり自・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・躍進日本という愛唱される標語の実質は、極めて極めて現実的な道によって獲得されつつある一方、何ゆえ文化形態の外貌においては抽象的な、気分的なロマンチシズムが人為的に高揚されなければならないか。そこの矛盾の理由が知りたいのである。 ・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
出典:青空文庫