・・・その崖の上には下町一帯が見晴らせて、父に手をひかれて吉原の大火をその崖から眺めた。丁度日曜日で、目黒の不動へ、筍飯をたべにつれられて行ったそのかえり道に弟と私と二人で、それぞれ父の手につかまって来た。夕方、人々がさわいでその崖上に集り、火事・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・歴史に残っている午年の大火である。未の刻に佐久間町二丁目の琴三味線師の家から出火して、日本橋方面へ焼けひろがり、翌朝卯の刻まで焼けた。「八つ時分三味線屋からことを出し火の手がちりてとんだ大火事」と云う落首があった。浜町も蠣殻町も風下で、火の・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・あの本を発行している書肆富山房は初第一部を千五百部印刷して神田の大火に逢った。その時千部は焼けて五百部残った。幸な事にはまだ紙型が築地の活版所から受け取って無かったので、これは災を免れた。そのうちに第一部の正誤が出来たので、一面紙型を象嵌で・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫