・・・何も廃刊させようと思って、あんな危い記事を書いたわけではないが、しかし、ひそかにお前の失脚を希う気持がなかったとは、言えなかったからだ。だから、廃刊になってみるとざまあ見ろと、おれは些か良い気持だったのだ。 何故、そんな気持を抱いたのか・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・私の解放運動など、先覚者として一身の名誉のためのものと言って言えないこともなく、そのほうで、どんどん出世しているうちは、面白く、張り合いもございましたが、スパイ説など出て来たんでは、遠からず失脚ですし、とにかく、いやでした。 ――女は、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・わかい群集は、英雄の失脚にも敏感である。本は恥かしくて言えないほど僅少の部数しか売れなかった。街をとおる人たちは、もとよりあかの他人にちがいなかった。彼は毎夜毎夜、まちの辻々のビラをひそか剥いで廻った。 長編小説「鶴」は、その内容の物語・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・のダメという事になりまして、私は詩壇に於いて失脚し、また、それまでの言語に絶した窮乏生活の悪戦苦闘にも疲れ果て、ついに秋風と共に単身都落ちというだらし無い運命に立ちいたったのでございます。 つまり私という老人は、何一つ見るべきところが無・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・あの子は、もう世の中を、いちど失脚しちゃったのよ。屑よ。親孝行なんて、そんな立派なこと、とても、とても、できなくなってしまったの。したくても、ゆるされない。名誉恢復。そんな言葉おかしい? あわれな言葉ね。だけど、あたしたち、いちど、あやまち・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・そして谷底まで下りた人の多数はそのままに麓の平野を分けて行くだろうし、少数の人はそこからまた新しい上り坂に取りつきあるいはさらに失脚して再び攀上る見込のない深坑に落ちるのであろうが、そのような岐れ路がやはりほぼ四十余歳の厄年近辺に在るのでは・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・大革命期には夫妻とも九ヵ月幽閉され、ロベスピエールの失脚によって解放された経験もある。早すぎて母になったベルニィ夫人と良人との結婚生活は性格の不調和から冷たいものであった。ベルニィ夫人の夏別荘がヴィルパリジェスにある。そこへ息子の復習を見て・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・それは人の平俗だとしている今言で荘重な意味も言いあらわされると思って、今言を尊重すると同時に、今言を使うものが失脚して卑俚に堕ちるに極まっているとは思わぬからである。兎に角私の翻訳はある計画を立てて、それに由って着々実行して行くと云うよりは・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫