・・・ 主筆 そうして頂ければ好都合です。 保吉 女主人公は若い奥さんなのです。外交官の夫人なのです。勿論東京の山の手の邸宅に住んでいるのですね。背のすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪に結った女・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・「そいつはなおさら好都合だ。――どうです? お蓮さん。その内に一つなりを変えて、御酌を願おうじゃありませんか?」「そうして君も序ながら、昔馴染を一人思い出すか。」「さあ、その昔馴染みと云うやつがね、お蓮さんのように好縹緻だと、思・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・編輯者 そうすると非常に好都合ですが――小説家 論文ではいけないでしょうね。編輯者 何と云う論文ですか?小説家 「文芸に及ぼすジャアナリズムの害毒」と云うのです。編輯者 そんな論文はいけません。小説家 これはどうです・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・のみならず後年声誉を博し、大いに父母の名を顕わしたりするのは好都合の上にも好都合である。しかし十五歳に足らぬわたしは尊徳の意気に感激すると同時に、尊徳ほど貧家に生まれなかったことを不仕合せの一つにさえ考えていた。丁度鎖に繋がれた奴隷のもっと・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・――こう云う泰さんの言葉を聞いていると、いかにも万事が好都合に運びそうな気がしますから、いよいよ新蔵はその計画と云うのが知りたくなって、「一体何をどうする心算なんだ。」と尋ねますと、泰さんはやはり昨夜のように、電話でもにやにや笑っている容子・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・――なければそれもなお好都合。あの人たちに訳を話すと、おなじ境界にある夥間だ、よくのみ込むであろうから、爺さんをお前さんの父親、小児を弟に、不意に尋ねて来た分に、治兵衛の方へ構えるが可い。場合によれば、表向き、治兵衛をここへ呼んで逢わせるも・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・この相手の女性は美しいから、善いから、好都合だから私の妻なのではない。二人の恋愛の中に運命を見たから、二人は夫婦なのだ。 もとより夫婦を結ぶ運命は恋愛を通してあらわれ、恋愛の心理は無意識選択のはたらきを媒介とする。しかし二人の結合を不可・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ああやっている方が、急に飛出すときに身体の釣合をとるために好都合かとも思ってみる。実際電線に止まって落着いている時はほとんど尾を静止させている。それが飛出す前にはまた振動をはじめる。飛んで来て止まった時には最初大きく振れるが急速な減衰振動を・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・説では炭水素連鎖の屈撓性、あるいは連鎖が界面に横臥しうる性質と関連しているとのことであるが、現在の場合でも連鎖が屈伸自在であればあるほど、金属の molecular な空隙に潜入してこれを充填するのに好都合であろうと想像することができる。・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・たとえばアルコホルの沿面燃焼などはほとんど完全な円形な前面をもって進行するが、こういう場合は自然的変異を打ち消すような好都合の機巧が別に存在参加しているという特別の場合であるとも考えられる。すなわち、前面が凸出する点の速度が減じ、凹入した点・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
出典:青空文庫