･･･競馬に加わる若い者はその妙齢な娘の前で手柄を見せようと争った。他人の妾に目星をつけて何になると皮肉をいうものもあった。 何しろ競馬は非常な景気だった。勝負がつく度に揚る喝采の声は乾いた空気を伝わって、人々を家の内にじっとさしては置かなか･･･ 有島武郎 「カインの末裔」
･･･日中もほとんど人通りはない。妙齢の娘でも見えようものなら、白昼といえども、それは崩れた土塀から影を顕わしたと、人を驚かすであろう。 その癖、妙な事は、いま頃の日の暮方は、その名所の山へ、絡繹として、花見、遊山に出掛けるのが、この前通りの･･･ 泉鏡花 「絵本の春」
･･･「いや、損をしても構いません。妙齢の娘か、年増の別嬪だと、かえってこっちから願いたいよ。」「……運転手さん、こちらはね、片原へ恋人に逢いにいらっしゃったんだそうですから。」 しっぺい返しに、女中にトンと背中を一つ、くらわされて、･･･ 泉鏡花 「燈明之巻」
･･･ 一処、大池があって、朱塗の船の、漣に、浮いた汀に、盛装した妙齢の派手な女が、番の鴛鴦の宿るように目に留った。 真白な顔が、揃ってこっちを向いたと思うと。「あら、お嬢様。」「お師匠さーん。」 一人がもう、空気草履の、媚か･･･ 泉鏡花 「伯爵の釵」
･･･ と小春は襟も帯も乱れた胸を、かよわく手でおさえて、片手で外套の袖に縋りながら、蒼白な顔をして、涙の目でなお笑った。「おほほほほほ、堪忍、御免なすって、あははははは。」 妙齢だ。この箸がころんでも笑うものを、と憮然としつつ、駒下･･･ 泉鏡花 「みさごの鮨」
･･･ 後に舟崎が語って言うよう―― いかに、大の男が手玉に取られたのが口惜いといって、親、兄、姉をこそ問わずもあれ、妙齢の娘に向って、お商売？ はちと思切った。 しかし、さもしいようではあるが、それには廻廊の紙幣がある。 その時･･･ 泉鏡花 「妖術」
･･･その何番目かの娘のおらいというは神楽坂路考といわれた評判の美人であって、妙齢になって御殿奉公から下がると降るほどの縁談が申込まれた。淡島軽焼の笑名も美人の噂を聞いて申込んだ一人であった。 然るに六十何人の大家族を抱えた榎本は、表面は贅沢･･･ 内田魯庵 「淡島椿岳」
･･･という題で朝っぱらから放送したが、その時私を紹介したアナウンサーは妙齢の乙女で、「只今よりエロチ……」と言いかけて私を見ると、耳の附根まで赧くなった。私は十五分の予定だったその放送を十分で終ってしまったが、端折った残りの五分間で、「皆さん、･･･ 織田作之助 「可能性の文学」
･･･函館の連絡船待合所に憐れな妙齢の狂女が居て、はじめはボーイに白葡萄酒を命じたりしていたが、だんだんに暴れ出して窓枠の盆栽の蘭の葉を引っぱったりして附添いの親爺を困らせた。それからしゃがれた声で早口に罵りはじめ、同室の婦人を指しては激烈に挑戦･･･ 寺田寅彦 「札幌まで」
･･･銀座街ノカツフヱー皆妙齢ノ婢ヲ蓄ヘ粉粧ヲ凝シテ客ノ酔ヲ侑ケシムルコト宛然絃妓ノ酒間ヲ斡旋スルト異ラズ。是ヲ江戸時代ニ就イテ顧レバ水茶屋ノ女ノ如ク麦湯売ノ姐サンノ如ク、又宿屋ノ飯盛ノ如シト言フモ可ナリ。カツフヱーノ婢ハ世人ノ呼デ女ボーイトナシ･･･ 永井荷風 「申訳」
出典：青空文庫
