・・・ストリンドベルヒのような女性嫌悪を装った人にもなおつつみ切れぬものは、女性へのこの種の徳の要請である。かようなものとして女性を求める心は、おしなべて第一流の人間の常則である。とりわけダンテにとってベアトリーチェは善の君、徳の華であった。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・こゝでは、戦争に対する嫌悪、恐怖、軍隊生活が個人を束縛し、ひどく残酷なものである、というようなことが、強調されている。家庭での、平和な生活はのぞましいものである。戦場は、「一兵卒」の場合では、大なる牢獄である。人間は、一度そこへ這入ると、い・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・女は、さっと顔一面に嫌悪の情をみなぎらせたが、急に、それを自覚して、かくすように、「いらっしゃいまし。」と頭を下げた。それが園子だった。 両人は、嫁が自分達の住んでいた世界の人間とは全然異った世界の人であるのを感じた。郵便局の事務員・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ 故に、短命なる死、不自然なる死ということは、かならずしも嫌悪し、哀弔すべきではない。もし死に、嫌悪し、哀弔すべきものがあるとすれば、それは、多くの不慮の死、覚悟なきの死、安心なき死、諸種の妄執・愛着をたちえぬことからする心中の憂悶や、・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 故に短命なる死、不自然なる死ちょうことは、必しも嫌悪し忘弔すべきでない、若し死に嫌忌し哀弔すべき者ありとせば、其は多くの不慮の死、覚悟なき死、安心なき死、諸種の妄執・愛着を断ち得ざるよりする心中の憂悶や、病気や負傷よりする肉体の痛苦を・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・自分はその自己嫌悪に堪えかねて、みずから、革命家の十字架にのぼる決心をしたのである。ジャーナリストの醜聞。それはかつて例の無かった事ではあるまいか。自分の死が、現代の悪魔を少しでも赤面させ反省させる事に役立ったら、うれしい。」 などと、・・・ 太宰治 「おさん」
・・・女学生は、女房のスカアトの裾から露出する骨張った脚を見ながら、次第にむかむか嫌悪が生じる。「あさましい。理性を失った女性の姿は、どうしてこんなに動物の臭いがするのだろう。汚い。下等だ。毛虫だ。助けまい。あの男を撃つより先に、やはりこの女と、・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ しかし世の中にはあらゆる芸術に無感覚なように見える人があり、またこれを嫌悪する人さえあるように見える。こういう人たちは「心のピアノ」を所有しない人たちである。従って調律師などには用のない人である。そういう人はいわゆる「人格者」と称せら・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・そしてこれに相当する日本語に対してはいっそうはげしいほとんど病的かと思われるほどの嫌悪を感じるようである。それで自分は丸善の書棚でこの二つの文字を見るとよくP君を思い出すのである。P君はこれらの言語を見るか聞くか――特にある人たちの口からこ・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・踊子の洋装と化粧の仕方を見ても、更に嫌悪を催す様子もなく、かえって老年のわたくしがいつも感じているような興味を、同じように感じているものらしく、それとなくわたくしと顔を見合せるたびたび、微笑を漏したいのを互に強いて耐えるような風にも見られる・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫