・・・それをあたかもこの開化が内発的ででもあるかのごとき顔をして得意でいる人のあるのは宜しくない。それはよほどハイカラです、宜しくない。虚偽でもある。軽薄でもある。自分はまだ煙草を喫っても碌に味さえ分らない子供の癖に、煙草を喫ってさも旨そうな風を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・その上何ぞというと擲ったり蹴飛したり惨酷な写真を入れるので子供の教育上はなはだ宜しくないからなるべくやりたくないのですが、子供の方ではしきりに行きたかがるので――もっとも活動写真と云ったって必ず女が出て来て妙な科をするとはきまっていない、中・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・が、不幸にして余のペリカンに対する感想は甚だ宜しくなかった。ペリカンは余の要求しないのに印気を無暗にぽたぽた原稿紙の上へ落したり、又は是非墨色を出して貰わなければ済まない時、頑として要求を拒絶したり、随分持主を虐待した。尤も持主たる余の方で・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・これは宜しくジュコーフスキーの如く、形は全く別にして、唯だ原作に含まれたる詩想を発揮する方がよい。とこうは思ったものの、さて自分は臆病だ、そんならと云うてこれを決行することが出来なかった。何故かと云うに、ジュコーフスキー流にやるには、自分に・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・お帰りになりましたらあなたの王様に海蛇めが宜しく申し上げたと仰っしゃって下さい。」 ポウセ童子が悦んで申しました。「それでは王様は私共の王様をご存じでいらっしゃいますか。」 王はあわてて椅子を下って申しました。「いいえ、それ・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・だから、昨今のように世の中が険しくなって、社会主義だのプロレタリア解放運動だのやかましい時代に生きる吾々としては、自分の貧しさを魂の安住の方便として仏が与えてくれたものと考え、宜しく仏の加護を信じて魂の平安を期さなければならない。」 と・・・ 宮本百合子 「反宗教運動とは?」
・・・何分宜しく。」「さようなら。」「さようなら。」 微笑の影が木村の顔を掠めて過ぎた。そしてあの用箪笥の上から、当分脚本は降りないのだと、心の中で思った。昔の木村なら、「あれはもう見ない事にしました」なんぞと云って、電話で喧嘩を買っ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・家督相続の事を宜しく頼む。敵を討ってくれるように、伜に言って貰いたいと云うのである。その間三右衛門は「残念だ、残念だ」と度々繰り返して云った。 現場に落ちていた刀は、二三日前作事の方に勤めていた五瀬某が、詰所に掛けて置いたのを盗まれた品・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・尚々精次郎夫婦よりも宜しく可申上様申出候。先日石崎に申附候亀甲万一樽もはや相届き候事と存じ候。 読んでしまった大野は、竹が机の傍へ出して置いた雪洞に火を附けて、それを持って、ランプを吹き消して起った。これから独寝の冷たい床に這入って・・・ 森鴎外 「独身」
・・・奥さんにも宜しく云ってくれ給え。」 話しながら京町の入口まで来たが、石田は立ち留まった。「僕は寄って行く処があった。ここで失敬する。」「そうか。さようなら。」 石田は常磐橋を渡って跡へ戻った。そして室町の達見へ寄って、お上さ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫