・・・ような赤い傷跡をつけて、そうして、一年後のきょうも尚、一杯ビイル呑んで、上気すれば、縄目が、ありあり浮んで来る、そのような死にそこないの友人のために、井伏鱒二氏、檀一雄氏、それに地平も加えて三人、私の実兄を神田淡路町の宿屋に訪れ、もう一箇年・・・ 太宰治 「喝采」
・・・八年前、除籍された。実兄の情に依り、きょうまで生きて来た。これから、どうする? 自分で生活費を稼ごうなど、ゆめにも思うたことなし。このままなら、死ぬるよりほかに路がない。この日、濁ったことをしたので、ざまを見ろ、文章のきたなさ下手くそ。・・・ 太宰治 「悶悶日記」
・・・爺いさんは元大番石川阿波守総恒組美濃部伊織と云って、宮重久右衛門の実兄である。婆あさんは伊織の妻るんと云って、外桜田の黒田家の奥に仕えて表使格になっていた女中である。るんが褒美を貰った時、夫伊織は七十二歳、るん自身は七十一歳であった。・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫