・・・前途に横たわる夢や理想の実現のために、寝床を這い出して行く代りに、寝床の中で煙草をくゆらしながら、不景気な顔をして、無味乾燥な、発展性のない自分の人生について、とりとめのない考えに耽っているのである。 そして、それが私にとって楽しいわけ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・抱主を見返すと誓った昔の夢を実現するには、是非蝶子にも出世してもらわねばならぬと金八は言った。千円でも二千円でも、あんたの要るだけの金は無利子の期間なしで貸すから、何か商売する気はないかと、事情を訊くなり、早速言ってくれた。地獄で仏とはこの・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・いうこともほんとうにできなくなるということや、そして母親も寝てしまってあとはただ自分一人が荒涼とした夜の時間のなかへ取り残されるということや、そしてもしその時間の真中でこのえたいの知れない不安の内容が実現するようなことがあればもはや自分はど・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・を社会理想として実現せんとする、多かれ少なかれ、社会改良運動の実践と結びついたものであり、現実のイギリス社会に影響する所大であったものである。 街頭の実践運動の背後には常に偉大なる思想がある。そして人間を実践的社会運動に駆る思想は倫理的・・・ 倉田百三 「学生と教養」
今日の社会状態において、婦人を家庭へ閉じこめて、社会の生活戦線における職業に進出することを防ぐことは不可能である。このことはたとい理想的社会が実現されたる暁においても、当為としての法則として、婦人の就職を妨げるいわれはない・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・当時の外国貿易に従事する者は、もとより市中の富有者でもあり、智識も手腕も有り、従って勢力も有り、又多少の武力――と云ってはおかしいが、子分子方、下人僮僕の手兵ようの者も有って、勢力を実現し得るのであった。それで其等の勢力が愛郷土的な市民に君・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・今度の出版の計画が次第に実現されて行くことを私の子供らもよく知っていた。しかしそんなまとまった金がふところにはいるということを、私は次郎にも末子にも知らせずに置いた。 私は、「財は盗みである」というあの古い言葉を思い出しながら、庭にむい・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・人生の冷酷な悪戯を、奇蹟の可能を、峻厳な復讐の実現を、深山の精気のように、きびしく肌に感じたのだ。しどろもどろになり、声まで嗄れて、「よく来たねえ。」まるで意味ないことを呟いた。絶えず訪問客になやまされている人の、これが、口癖になってい・・・ 太宰治 「花燭」
・・・それは必ず実現せられる。そうして自分は、その新しい芸術が、世界のどこの国よりも、この日本の国に於いて、最も美事に開花するのだと信じている。君たちと、君たちの後輩が、それを創るようになるだろうと思っている。日本には、明治以来たくさんの作家が出・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・しかも実現はさほど困難でない。ゆうべ徹夜で計算したところに依ると、三百円で、素晴らしい本が出来る。それくらいなら、僕ひとりでも、どうにかできそうである。君は詩を書いてポオル・フォオルに読ませたらよい。僕はいま海賊の歌という四楽章からなる交響・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
出典:青空文庫