・・・しかし僕はあらゆる弁護を超越した、確かな実証を持っている。君はそれを何だと思いますか。」 本間さんは、聊か煙に捲かれて、ちょいと返事に躊躇した。「それは西郷隆盛が僕と一しょに、今この汽車に乗っていると云う事です。」 老紳士はほと・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・悪魔と人間の異らぬは、汝の実証を見て知るべし。もし悪魔にして、汝ら沙門の思うが如く、極悪兇猛の鬼物ならんか、われら天が下を二つに分って、汝が DS と共に治めんのみ。それ光あれば、必ず暗あり。DS の昼と悪魔の夜と交々この世を統べん事、ある・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・私は、今まで六回、たいへん下手で赤面しながらも努めて来たのは、私のその愚かな思念の実証を、読者にお目にかけたかったが為でもあります。私は、間違っているでしょうか。 これは非常に、こんぐらかった小説であります。私が、わざとそのように努めた・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・あなたのお為にも、神の実証のためにも、何か一つ悪い事が起るように、私の胸のどこかで祈っているほどになってしまいました。けれども、悪い事は起りませんでした。一つも起りません。相変らず、いい事ばかりが続きます。あなたの団体の、第一回の展覧会は、・・・ 太宰治 「きりぎりす」
ほんとうのことは、あの世で言え、という言葉がある。まことの愛の実証は、この世の、人と人との仲に於いては、ついに、それと指定できないものなのかもしれない。人は、人を愛することなど、とても、できない相談ではないのか。神のみ、よ・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・無言の愛の表現など、いまだこの世に実証ゆるされていないのではないか。その光栄の失敗の五年の後、やはり私の一友人おなじ病いで入院していて、そのころのおれは、巧言令色の徳を信じていたので、一時間ほど、かの友人の背中さすって、尿器の世話、将来一点・・・ 太宰治 「創生記」
・・・けれども私は、自分がサタンでないという事を実証する為には、いやでも、もう少し言わなければならぬ。要するにサタンという言葉の最初の意味は、神と人との間に水を差し興覚めさせて両者を離間させる者、というところにあったらしい。もっとも旧約の時代に於・・・ 太宰治 「誰」
・・・純粋性を友情に於いて実証しようと努め、互いに痛み、ついには半狂乱の純粋ごっこに落ちいる事もあります。」と言いました。それから、素朴の信頼という事に就いて言いました。シルレルの詩を一つ教えました。理想を捨てるな、と言いました。精一ぱいのところ・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・ただし記憶だけで他に実証なし。BCとDとの幾分の肖似。新聞記事によると、B猫が不良で夜遊び昼遊びをして困るという飼主夫人の証言。これだけである。このいずれも当面の問題に対しては実に貧弱なデータで、これだけからなんらの確からしい結論も導き出せ・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・しかしもし蠅を絶滅するというのなら、その前に自分のこの空想の誤謬を実証的に確かめた上にしてもらいたいと思うのである。 あえて蠅に限らず動植鉱物に限らず、人間の社会に存するあらゆる思想風俗習慣についても、やはり同じようなことがいわれはしな・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
出典:青空文庫