・・・ とまた、ご自分の事を言い出し、「住むに家無く、最愛の妻子と別居し、家財道具を焼き、衣類を焼き、蒲団を焼き、蚊帳を焼き、何も一つもありやしないんだ。僕はね、奥さん、あの雑貨店の奥の三畳間を借りる前にはね、大学の病院の廊下に寝泊りして・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・田舎の長兄に、出鱈目な事を言ってやって、二箇月分の生活費を一度に送ってもらい、それを持って柏木を引揚げた。家財道具を、あちこちの友人に少しずつ分けて預かってもらい、身のまわりの物だけを持って、日本橋・八丁堀の材木屋の二階、八畳間に移った。私・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・市民はすべて浮足立ち、家財道具を車に積んで家族を引き連れ山の奥へ逃げて行き、その足音やら車の音が深夜でも絶える事なく耳についた。それはもう甲府も、いつかはやられるだろうと覚悟していたが、しかし、久し振りで防空服装を解いて寝て、わずかに安堵す・・・ 太宰治 「薄明」
・・・ときどき自嘲なさいますけれど、このごろは仕事も多く、百円、二百円と、まとまった大金がはいって来て、せんだっても、伊豆の温泉につれていっていただいたほどなのに、それでもあの人は、ふとんや箪笥や、その他の家財道具を、私の母に買ってもらったことを・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・僅かの旅費の補助を土台とし遠い満州国へ移住するのだからと家財道具をも売り払って、女房子供を引きつれ数百人が一団となって幸福を求め旅立って行った。 長春は新京と名を改め、今は「満州国」の首府である。着いて見て、北九州の労働者達は拳を握って・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
出典:青空文庫