・・・萌黄の小包を首にかけた小僧が逸早く飛出して、「やア、電車の行列だ。先の見えねえほど続いてらア。」と叫ぶ。 車掌が革包を小脇に押えながら、帽子を阿弥陀に汗をふきふき駈け戻って来て、「お気の毒様ですがお乗りかえの方はお降りを願います。」・・・ 永井荷風 「深川の唄」
十月二十五日。 いよいよモスクワ出立、出立、出発! 朝郵便局へお百度を踏んだ。あまり度々書留小包の窓口へ、見まがうかたなき日本の顔を差し出すので、黄色いボヤボヤの髪をした女局員が少しおこった声で、 ――もうあな・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 電報を受取った日のまだ明るい頃友達の所から本の小包をうけとった。 まだ頁を切ってない本が三四冊あったので私は八時間の長い間そんなに退屈もしないですんだ。 飛ぶ様に変って行く景色、駅々で乗込んで来る皆それぞれの地方色を持った人達・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・縫うことと小包にすることを私が留守なのでたのんだのでした。「でも、好意ということでは同じだからいいさ」と私も笑ったの。本は、たしかに二人からの御誕生の祝です。鶴さんは大変体が参って居ります。そしてこの人は科学的には治療出来ないの、私は心配し・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・浅間の景色は美しいそうですが、この間鬼気が迫るような手紙を寄越して、私は吃驚して小包をこしらえてちょいちょいしたものを送りました。晩年の母の厭世的な、人の善意をそのままに受けられない心理が、寿江子に現われていて、体の悪さが推察されます。困っ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そこで、私共はハガキと角石を包んだような小包を受けとった。事務所の粗末な郵便棚を、私共は一月に三四度見にくるのだが、先週もその前の週にもあった男名宛のハガキなどが今日迄も受けとられず、ざらついた棚の底にくっついているのを見ると、一種の心持を・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
六月二日 静かな快い日である。朝起きて、下の郵便局に行って見ると、抱え切れない程の小包が来て居る。皆日本からだ。仕方がないから、又家へ戻って、Aを呼んで半分ずつ抱えて帰る。 此の毎朝起きて着物を着るとすぐ何より先に・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・ きょうはおかしな小包をお送りいたします。白粉です。南の方に暮して居る人がおみやげに呉れ、パリのブルジョアのもので、いかにも南向きの箱の色どりですし、なかみも会社が会社ですから一向大したものでないにきまって居りますが、それでもまあ気のか・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・「お嫂さん、小包で送ったりして、何とか云ってらっしゃらなかった?」「平気よ。――きのうだか早速着て出かけたわ」 多喜子は、ちょっと躊躇していたが、やがて、「実は私、こないだのあの方たちの話、余り妙な気がして……」と云った・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・兵火におびえる昔の百姓土民のように、あわれにこそこそと疎開小包をつくるよりさきに、わたしたちは落付いて観察し判断するべきいくつかの重大なことを持っていると思う。わたしたち自身を恐慌から救うために―― 日本人の心には、戦争を一つの「災難」・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
出典:青空文庫