・・・の寝床みたいな狭い路地だったけれど、しかしその辺は宗右衛門町の色町に近かったから、上町や長町あたりに多いいわゆる貧乏長屋ではなくて、路地の両側の家は、たとえば三味線の師匠の看板がかかっていたり、芝居の小道具づくりの家であったり、芸者の置屋で・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そのナイフには、小さい鋏も、缶切りも、その他三種類の小道具が附いているんですよ。デリケエトなんですよ。ごしょうだから返して下さい。」と、れいの泣き声で、わめき散らしたのである。 悪漢佐伯も、この必死の抗議には参ったらしく、急に力が抜けた・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・おミソの小道具がめんどうです。」 橋田氏は、その日、用事があるとかで、すぐに帰り、僕は二階にあがって、中村先生を待っていた。 ミソ踏み眉山は、お銚子を持ってドスンドスンとやって来た。「君は、どこか、からだが悪いんじゃないか? 傍・・・ 太宰治 「眉山」
・・・そのほかに、たとえば、飲んだくれの亭主が夜おそく帰って来て戸をたたくと女房のクサンチペがバルコンから壺の中の怪しい液体をぶっかけ、結局つかみ合いになるという活劇をもわずかな小道具と背景を使って映し出して見せた。この同じ見せものにその後米国へ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・青山原宿あたりの見掛けばかり門構えの立派な貸家の二階で、勧工場式の椅子テーブルの小道具よろしく、女子大学出身の細君が鼠色になったパクパクな足袋をはいて、夫の不品行を責め罵るなぞはちょっと輸入的ノラらしくて面白いかも知れぬが、しかし見た処の外・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 柱でも、鴨居でも、何から何まで、骨細な建て工合で、ガッシリと、黒光りのする家々を見なれた目には、一吹きの大風にも曲って仕舞いそうに思われた。 小道具でも、何んでもが、小綺麗になって、置床には、縁日の露店でならべて居る様な土焼の布袋・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ この劇中劇ではソヴェト同盟の劇場でも、小道具なんかに凝りすぎ、ウンと金をかけてしまったのを、管理局からやって来た役人へは胡魔化して報告する場面その他、見物が笑い出すところは相当ある。 空想的な扮装したレヴューの土人みたいな「赤紫島・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ この広間に白木の長い卓と長い腰掛とが、小道具として据え附けてある。これは不断片附けてある時は、腰掛が卓の上に、脚を空様にして載せられているのだが、丁度弁当を使う時刻なので、取り卸されている。それが食事の跡でざっと拭くだけなので、床と同・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫