・・・と穏かに言いさとし、ペテロの足もとにしゃがんだのだが、ペテロは尚も頑強にそれを拒んで、いいえ、いけません。永遠に私の足などお洗いになってはなりませぬ。もったいない、とその足をひっこめて言い張りました。すると、あの人は少し声を張り上げて、「私・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・私は尚も言葉をつづけて、私、考えますに葛の葉の如く、この雪女郎のお嫁が懐妊し、そのお腹をいためて生んだ子があったとしたなら、そうして子供が成長して、雪の降る季節になれば、雪の野山、母をあこがれ歩くものとしたなら、この物語、世界の人、ことごと・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は尚も、しつこく狐疑した。甚だ不安なのである。「ああ、陸の上は不便だ。」少年はアンダアシャツを頭からかぶって着おわり、「バイロンは、水泳している間だけは、自分の跛を意識しなくてよかったんだ。だから水の中に居ることを好んだのさ。本当に、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 私は、尚も、原稿を裂きつづけた。「判ったわよ。判ったわよ。」雪は声をたてて泣きだした。泣きながら叫んだ。「私、泊るわ。ねえ、泊らしてよ。もっともっと。話を聞かしてよ。私、泊るわ。かまうものか。かまうものか。」 ・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・杉田老画伯は心利きたる人なれば、やがて屋台店より一本の小さき箒を借り来り、尚も間断なく散り乱れ積る花びらを、この辺ですか、この辺ですか、と言いつつさっさっと左右に掃きわけ、突如、あ! ありましたあ! と歓喜の声を上げ申候。たったいま己の頬を・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・何処へ行っても、祖国が足の下にあるだろう、地球の果にまで走ろうとしても、祖国の地面は、尚も、尚も、私の足跡を印させるだろう、私は此を歓ぶ。けれども、怖ろしい。涙が出るほど恐ろしい。おお! 我が祖国よ! 祖国を縦に丈斯うやって考えて来る時・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・光尚も思慮ある大名ではあったが、まだ物馴れぬときのことで、弥一右衛門や嫡子権兵衛と懇意でないために、思いやりがなく、自分の手元に使って馴染みのある市太夫がために加増になるというところに目をつけて、外記の言を用いたのである。 十八人の侍が・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫