・・・と笑いながら屋内へ入った。 お源はこれを自分の宅で聞いていて、くすくすと独で笑いながら、「真実に能く物の解る旦那だよ。第一あんな心持の優い人ったらめったに有りや仕ない。彼家じゃ奥様も好い方だし御隠居様も小まめにちょこまかなさるが人柄は極・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 丘の上には、リーザの家があった。彼はそこの玄関に立った。 扉には、隙間風が吹きこまないように、目貼りがしてあった。彼は、ポケットから手を出して、その扉をコツコツ叩いた。「今晩は。」 屋内ではぺーチカを焚き、暖気が充ちている・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・彼はこんなところへ気をまわした。「こんなところはなお人が注意するからだな。」 寒気で、肌がぞく/\した。彼は屋内に這入って寝床に這入ろうとした。すると敷布団が不自然に持ち上っているのを見た。「こんなところに置いちゃいかん! すぐばれ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・扉は閉め切ってあった。屋内はひっそりして、薄気味悪く、中にはなにも見えなかった。 兵士は扉の前に来て、もしや、潜伏している者の抵抗を受けやしないか、再びそれを疑った。彼等は躊躇して立止った。誰れかさきに扉を開けて這入って行きさえすれば、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・これでも屋内の方が暖いらしい。……大方眠りつこうとしていると、不意に土間の隅に設けてある鶏舎のミノルカがコツコツコと騒ぎだした。「おどれが、鶏をねらいよるんじゃ。」おしかは寝衣のまま起きてマッチをすった。「壁が落ちたんを直さんせにどうな・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・冬の日の光が屋内まで輝き満ちるようなことは三年の旅の間なかったことだ。この季節に、底青く開けた空を望み得るということも、めずらしい。私の側へ来てささやいて居たのは、たしかに武蔵野の「冬」だった。「冬」はそれから毎年のように訪ねて来たが、・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・自分の子供の時分に屋内の井戸の暗い水底に薬鑵が沈んだのを二枚の鏡を使って日光を井底に送り、易々と引上げに成功したこともあった。 日本橋橋畔のへリオトロープは単なる子供のいたずらであったであろうが、同じようなのでただの悪戯ではない場合があ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・これは地震や台風や火事に対しては申しぶんのない抵抗力をもっているのであるが、しかし一つ困ることはあの厚い壁が熱の伝導をおそくするためにだいたいにおいて夏の初半は屋内の湿度が高く冬の半分は乾燥がはげしいという結果になる。西欧諸国のように夏が乾・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ ガラス張の屋内温室の、棕梠や仙人掌の間に籐椅子がいくつかあり、その一つの上に外国新聞がおきっぱなしになっている。人がいた様子だけあって、そこいらはしんとしている。 大階段の大理石の手すりにもたれて下をのぞいたら、表玄関が閉っていて・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・明治社会の発達が、繊維工業によって、婦人の最大の犠牲の上に発展して来たのと並行して、日本の後れた工業は、半ば手工業的に、屋内労働的に小工場を日本中にばら撒いた。そこでは昔ながらの徒弟制度や、年期や、半封建的な青少年の労働条件が存在している。・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫