・・・さもないと、私がこの手紙を閣下に差上げる事が、全く無意味になる惧があるのでございます。そのくらいなら、私は何を苦しんで、こんな長い手紙を書きましょう。 閣下、私はこれを書く前に、ずいぶん躊躇致しました。何故かと申しますと、これを書く以上・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・と朱書きした大きな状袋から取り出して、「この契約書によると、成墾引継ぎのうえは全地積の三分の一をお礼としてあなたのほうに差し上げることになってるのですが……それがここに認めてある百二十七町四段歩なにがし……これだけの坪敷になるのだが、そ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・出しては読み出しては読み、差し上げる手紙を書く料簡もなく、昨夜一ばん埒もなく過ごしました。先夜はほんとに失礼いたしました。ただ悲しくて泣いた事を夢のように覚えてるばかり、ほかの事は何も覚えていません。あとであんまり失礼であったと思いました。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・突然襲って来る焦躁にたまりかねて、あっと叫び声をあげ祈るように両手も差し上げるのだが、しかし天井からは埃ひとつ落ちて来ない。祈っても駄目だ、この病的な生活を洗い浄めて練歯磨の匂いのように新鮮なすがすがしい健康な生活をしなければならぬと、さま・・・ 織田作之助 「道」
・・・「……そりゃね、今日の処は一円差上げることは差上げますがね。併しこの一円金あった処で、明日一日凌げば無くなる。……後をどうするかね? 僕だって金持という訳ではないんだからね、そうは続かないしね。一体君はどうご自分の生活というものを考えて・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・宗保は、後藤と西山とが下から両手で差上げる薪束を、その上から受け取った。彼が歩くと薪の塚は崩れそうにゆさ/\と揺れた。「ちょっと手伝えよ、そんなに日向ぼっこばかりしとらんで。」後藤はスパイにからかった。「遊んどって月給が貰えるんだから、・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・それとも御便利なように、何かほかの形にして差し上げるようにしましょうか。」 と、そこの銀行員が尋ねるので、私は例の小切手を現金に換えてもらうことにした。私が支払い口の窓のところで受け取った紙幣は、風呂敷包みにして、次郎と二人でそれを分け・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・すが、しかし、その前の四、五年間、ずいぶん派手な金遣いをするお客ばかり、たくさん連れて来てくれたのでございますから、その義理もあって、その年増のひとから紹介された客には、私どもも、いやな顔をせずお酒を差し上げる事にしていたのでした。だから旦・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ あなたのところへ、こんな長い手紙を差し上げるのも、これが最後かと思われます。あなたに対する一すじの尊敬の心は絶えず持ちつづけているつもりでありますが、あなたを愛し、或いは、あなたに甘える事が出来なくなりました。なぜだか出来なくなりまし・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・奥さまは、お客さまには、いくらでもおいしいごちそうを差し上げるのに、ご自分おひとりだけのお食事は、いつも代用食で間に合せていたのです。 その時、客間から、酔っぱらい客の下品な笑い声が、どっと起り、つづいて、「いや、いや、そうじゃある・・・ 太宰治 「饗応夫人」
出典:青空文庫