・・・二つには、ぼく自身のステールネスから、最後に、あなたがぼく如きものに好意をお持ち下され居る由、昨晩の松村と云う『春服』同人の手紙が伝えてくれたので、加うるに性来の図々しさを以て、御迷惑を省みず、狎書を差し上げる次第です。友人の松村と言う男が・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「はじめて、手紙を差上げる無礼、何卒お許し下さい。お蔭様で、私たちの雑誌、『春服』も第八号をまた出せるようになりました。最近、同人に少しも手紙を書かないので連中の気持は判りませんが、ぼくの云いたいのは、もうお手許迄とどいているに違いない・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・マッチを二つ持ち合せている時には、一つ差し上げる事にしている。一つしか持っていない時でも、その自分のマッチ箱に軸木が一ぱい入っているならば、軸木を少しおわけして上げる。そんな時には、相手から、すみませんと言われても、私はまごつかず、いいえ、・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・思案のあげく、私のいま持っているもので一ばん大事なものを、このおかみさんに差上げる事にしました。私にはまだ煙草が二十本ほどありました。そのうちの十本を、私はおかみさんに差し出しました。 おかみさんは、お金の時ほど強く拒絶しませんでした。・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・横浜の工場にいた時も、また軍隊にいた時も、あなたに手紙を出したい出したいと思い続け、いまやっとあなたに手紙を差上げる、その最初の手紙が、このようなよろこびの少い内容のものになろうとは、まったく、思いも寄らない事でありました。 昭和二十年・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ きょうは、あなたのお手紙の長さに感奮し、その返礼の気持もあり、こんな馬鹿正直の無警戒の手紙を差上げる事になりました。 私たちは程度の差はあっても、この戦争に於いて日本に味方をしました。馬鹿な親でも、とにかく血みどろになって喧嘩をし・・・ 太宰治 「返事」
・・・さては此の、じいさんに差し上げる為に、けさ自転車で走りまわっていたのだな、と佐野君は、ひそかに合点した。「どう? 釣れた?」からかうような口調である。「いや、」佐野君は苦笑して、「あなたが落ちたので、鮎がおどろいていなくなったようで・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・います事は、いますがただかりにそう思って差し上げるまでの事であります。と云うものは、いくらそれ以上に思って上げたくてもそれだけの証拠がないのだから仕方がありません。普通に物の存在を確めるにはまず眼で見ますかね。眼で見た上で手で触れて見る。手・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・最初の手紙を差上げる時も、あの「格言」が気になってなりませんでしたが、今度は前よりも一層心苦しゅうございます。 女の手紙は書いてある文句よりは、行と行との間に書かずにある文句を読まなくてはならないと云うのは、本当の事でございましょう。そ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・それは言葉で申しますと、華族とか士家とかいうのはやかましい規定では身分なんですけれども、家庭のなかでも、同じお魚でもお父さんや何かにはお頭のよい方を差上げる。お魚の目玉にはビタミンAがありませんけれども、頭の方には栄養があるのかも知れません・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
出典:青空文庫