・・・いや、五百円の金を貰ったのではない、二百円は死後に受けとることにし、差し当りは契約書と引き換えに三百円だけ貰ったのです。ではその死後に受けとる二百円は一体誰の手へ渡るのかと言うと、何でも契約書の文面によれば、「遺族または本人の指定したるもの・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・ もうパリイへ行こうと思うことなんぞはおれの頭に無い。差し当りこの包みをどうにか処分しなくてはならない。どうか大地震でもあってくれればいいと思う。何もベルリンだって、地震が揺ってならないはずはない。それからこういう事も思った。動物園へ行・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・然し自分の考ではもう少し書いた上でと思って居たが、書肆が頻りに催促をするのと、多忙で意の如く稿を続ぐ余暇がないので、差し当り是丈を出版する事にした。 自分が既に雑誌へ出したものを再び単行本の体裁として公にする以上は、之を公にする丈の価値・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
・・・ 木村に言ったわけでもないらしいが、犬塚の顔が差し当り木村の方に向いているので、木村は箸を輟めて、「無政府主義者ですか」と云った。 木村の左に据わっている、山田というおとなしい男が詞を挟んだ。この男はいつも毒にも薬にもならない事を言・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫