・・・「政治上の差障りさえなければ、僕も喜んで話しますが――万一秘密の洩れた事が、山県公にでも知れて見給え。それこそ僕一人の迷惑ではありませんからね。」 老紳士は考え考え、徐にこう云った。それから鼻眼鏡の位置を変えて、本間さんの顔を探るよ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・二月頃から、一度子供連れで熱海へでも行ってみようと云っていたが、日曜というと天気が悪かったり、天気がいいと思うときっと何かしら差障りがあって、とうとう四月二十日の今日の日曜までこのささやかな欲望を果たす機会がなかった。実に瑣末な事柄ではある・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・厄介ではあるけれども、イミテートする人あるいは自己の標準を欠いていて差し障りのない方が間違いがなくて安心だというような人に比べれば、自己の標準があるだけでもこっちの方が恕すべく貴ぶべし――といったらどんな奴が出て来るか分らぬが、事実貴ぶべき・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・だから今日の世の中で、何か一つのことをやって行くには、どちらからも差障りの起らないそれでいて自分の一番願うことが実現されていくという様なことは実際には先ず無いでしょう。ですから、自分の生活の中で、一番守りたい点、一番成長させたい点、一番得て・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
出典:青空文庫