・・・という、心の状態になるのである、趣味を感ずる神経が非常に過敏になる、従て一動一作にも趣味を感じ、庭の掃除は勿論、手鉢の水を汲み替うるにも強烈に清新を感ずるのである、客を迎えては談話の興を思い客去っては幽寂を新にする、秋の夜などになると興味に・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ しかし自分はこの音が嗜きなので、林の奥に座して、ちょこなんとしていると、この音がここでもかしこでもする、ちょうど何かがささやくようである、そして自然の幽寂がひとしお心にしみわたる! 自分はいつしか小山を忘れ、読む書にもあまり身が入・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ もしそれ時雨の音に至ってはこれほど幽寂のものはない。山家の時雨は我国でも和歌の題にまでなっているが、広い、広い、野末から野末へと林を越え、杜を越え、田を横ぎり、また林を越えて、しのびやかに通り過く時雨の音のいかにも幽かで、また鷹揚な趣・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・それをじっと見ているとなんとなしに幽寂といったような感じが胸にしみる。そしてふだんの猫とちがって、人間の心で測り知られぬ別の世界から来ているもののような気のする事がある。このような心持ちはおそらく他の家畜に対しては起こらないのかもしれない。・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫