・・・あれは地主と言って、自分もまた労働しているとしじゅう弁明ばかりしている小胆者だが、おれはあのお姿を見ると、鼻筋づたいに虱が這って歩いているようなもどかしさを覚える。また、あそこのベンチに腰かけている白手袋の男は、おれのいちばんいやな奴で、見・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・ おまえみたいな下劣な穿鑿好きがいるから、私まで、むきになって、こんな無智な愚かな弁明を、まじめな顔して言わなければならなくなるのだ。人の話は、だまって聞いているがよい。私は、嘘をついているのでは無いから。 恥辱を告白している、とまえに・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようですね。真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。マタイ十章、二八、「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・宿の女中の髪のかたちが奇妙であるから笑うのだと母は弁明した。嬉しかったのであろう。無学の母は、私たちを炉ばたに呼びよせ、教訓した。お前は十六魂だから、と言いかけて、自信を失ったのであろう、もっと無学の花嫁の顔を覗き、のう、そうでせんか、と同・・・ 太宰治 「葉」
・・・ことにも、私的な生活に就ての弁明を、このような作品の上で行うことは、これは明らかに邪道のように思われる。芸術作品は、芸術作品として、別個に大事に持扱わなければ、いけないようにも思われる。私は、或いは、かの物語至上主義者になりつつあるのかも知・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・するとベルリン大学に居る屈指の諸大家は、一方アインシュタインをなだめると同時に、連名で新聞へ弁明書を出し、彼に対する攻撃の不当な事を正し、彼の科学的貢献の偉大な事を保証した。またアインシュタインは進まなかったらしいのを、すすめて自身の弁明書・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そこへ行くと、どうもアメリカの映画人のほうがよほど進んでいるといわれても弁明のしようがないようである。これは自分が平常はなはだ遺憾に思っている次第である、日本がアメリカに負けているのは必ずしも飛行機だけではないのである。このひけ目を取り返す・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・そうした夜は夜ふけるまでその話を分析したり総合したりして、最後に、その先輩と自分との境遇の相違という立場から、二人のめいめいの病気に対する処置をいずれも至当なものとして弁明しうるまで安眠しない事もあった。またたとえばある日たずねて来た二人が・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ ウンラートが気が狂ったのを見て八重子のポーラが妙な述懐のようなことを述べるせりふがあるが、あれはいかにも、ああした売女の役をふられた八重子自身が贔屓の観客へ対しての弁明のように響いて、あの芝居にそぐわないような気がした。ポーラはやはり・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・の論文の中に、そういう故障への弁明の辞を述べ立てたのがおりおり見当たる。もちろんそういう簡単な無機的な現象の実験から、一足飛びに有機的現象の機構を説明しようというのならば、それは問題外であるが、研究者のほうではそれほど大胆な意図はもちろんあ・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
出典:青空文庫