・・・負けぬ気の椿岳は業を煮やして、桜痴が弾くなら俺だって弾けると、誰の前でも怯めず臆せずベロンベロンと掻鳴らし、勝手な節をつけては盛んに平家を唸ったものだ。意気込の凄まじいのと態度の物々しいのとに呑まれて、聴かされたものは大抵巧いもんだと出鱈目・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「なかなかよく弾けるようになった。」といって、おじいさんは、松蔵の頭をなでてくれることもありました。 夏も、もはや逝くころでありました。おじいさんは、ある日のこと、松蔵に向かって、「坊や、おじいさんは、もう帰らなければならない。・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・――七つの春、小学校にはいった時から、ヴァイオリン弾きの父親を教師に習いはじめて、二年の間に、寿子はもうそんな曲が弾けるようになった位きびしく仕込まれていたのだ。 父親の庄之助は、ステテコ一枚の裸になって、ピアノを弾いていたが、ふと弦か・・・ 織田作之助 「道なき道」
夢で見たような一つの思い出がある。 小さい自分が、ピアノの前で腰かけにかけている。脚をぶらぶらさせて、そして、指でポツン、ポツンと音を出している。はにかんで、ほんとうに弾けるようには指を動かさないで、音だけ出しているの・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・「ネエ母ちゃん、芸人だって偉いんだネー、天子様の前でだって弾けるんだもの……」 京の御人「ついでがあんまっさかえ久しぶりで御邪魔しようと思ってます、先に御出やった時ややさんでおしたいとはんはさぞ大きゅう御なりやっ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫