・・・写真影像は現象の記載ではなくて、現象そのものだからである。 そのかわりに、あるいはそれだから、写真は事象の全体を系統的に把握する能力をもっていない。それをするには撮影技師の分析的頭脳と、フィルムの断片を総合する編集者の総合的才能を必要と・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・換言すれば事物に投射された潜在的国民思想の影像である。思うにかのチェホフやチャプリンの泣き笑いといえどもこの点ではおそらく同様であろう。このようにして和歌の優美幽玄も誹諧の滑稽諧謔も一つの真実の中に合流してそこに始めて誹諧の真義が明らかにさ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・しかし今になって考えてみるとそのおかげでかえって自分の頭の中には父の言葉で描かれた封建時代の捕鯨の光景がかなり鮮明な影像となって四十年後の今日もまだ保存されているのである。 室津の宿屋の主人はかなりのお婆さんであったが、われわれ二人の中・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・ ただ一つだけでも充分な深い思索に値するだけの内容をもった事がらが、数限りもなくただ万華鏡裏の影像のように瞬間的の印象しかとどめない。そのようにしてわれわれの網膜は疲れ麻痺してしまってその瞬時の影像すら明瞭に正確に認めることができなくな・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・大きすぎる口、うすい眉毛さえが、特徴あるニュアンスになって、三吉の頭に影像をつくっている。そして彼女たちの姿が青く田甫のむこうにみえなくなったとき、しろくかわきあがった土堤道だけが足もとにのこったが、それはきのうもおとといも同じであった――・・・ 徳永直 「白い道」
・・・この男はそう云う昔馴染の影像を思い浮べて、それをわざとあくまで霊の目に眺めさせる。そうして置けば、それが他日物を書くときになって役に立たぬ気遣いは無い。それからピエエルは体を楽にして据わり直して、手紙を披いて読んだ。 ―・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・実際に接触してみると、大多数の人々は、教え込まれていた影像とは全く違った社会生活の訓練と、人間同士のつき合かたの明るさとにおどろかされた。豊かに物をもっている人に対する社会人としての習慣的な畏敬めいた気分も我知らず加って、進駐軍は、好評をも・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・こんなに鮮やかに、こんなに微細な髪のくせまで判っている彼女の全存在が、只私の心にだけ止っている影像に過ないとは、何という不思議だろう! 物静かなこの淋しさは、私に種々のことを思わせた。特に、将来自分がいつかは経験しなければならない愛する・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 彼等は自分の行手に何の影像も持っていなかった。後の時代の者達に、大聖人であると思わせようとした人でも、人類の光栄になって見せるぞと云った人でもなかった。 彼等は、その熄滅することのない勇気と、探究の努力とを、「今」というあらゆると・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・やがて乳房の山は電光の照明に応じて空間に絢爛な線を引き垂れ、重々しい重量を示しながら崩れた砲塔のように影像を蓄えてのめり出した。 彼は夜になると家を出た。掃溜のような窪んだ表の街も夜になると祭りのように輝いた。その低い屋根の下には露店が・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫