・・・ あとは無我夢中で、一種特別な体臭、濡れたような触感、しびれるような体温、身もだえて転々する奔放な肢体、気の遠くなるような律動。――女というものはいやいや男のされるがままになっているものだと思い込んでいた私は、愚か者であった。日頃慎まし・・・ 織田作之助 「世相」
・・・それは如何なる点に存するか明白に自覚し得ないが、やはり子音母音の反復律動に一種の独自の方式があるためと思われる。ともかくもその効果はこの作者の歌に特殊の重味をつける。どうかするとあまりに重く堅過ぎるように私には思われる事もあるが、考えてみる・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・ このように静的なものの律動的配合によってさえ非常に動的な陪音を生じうるのであるから、動的なものの結合からさらに高次元的に動的な効果が生まれうるのは当然である。たとえば「アジアの嵐」の最後の巻に現われる、嵐の描写のごときがそれである。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 自分の感じたところでは、この映画の最もすぐれた長所であり、そうして容易にまねのできそうもないと思われる美点は、全巻を通じて流れている美しい時間的律動とその調節の上に現われたこの監督の鋭敏な肌理の細かい感覚である。換言すれば映画芸術の要・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかるに、不思議なことには、これが老人の歌の拍子にうまく合うように律動的に頭を動かしているように見えるのであった。もしや錯覚かと思って注意してはみたが、どうも老人の唄の小節の最初の強いアクセントと同時に頸を曲げる場合が著しく多い事だけは確か・・・ 寺田寅彦 「鴉と唱歌」
・・・しかしよく聞いてみると、だいたいの音の抑揚と律動が似ているだけで、母音も不完全であるし、子音はもとより到底ものになっていない。これは鳥と人間とで発声器の構造や大きさの違うことから考えて当然の事と思われる。問題はただ、それほど違ったものが、ど・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・舞踊のステップの週期も同様であって、これはまた音楽の律動週期と密接な関係をもっている。 現在の「秒」はメートル制の採用と振り子の使用との結合から生まれた偶然の産物であるが、このだいたいの大いさの次序を制定したものはやはり人体の週期である・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・外の各種の舞踊に表われるような動的エネルギーの表出はなくて、すべてが静的な線と形の律動であるように思われた。 二番目の「地久」というのは、やはり四人で舞うのだが、この舞の舞人の着けている仮面の顔がよほど妙なものである。ちょっと恵比寿に似・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その底をくぐって進んで行く鋏の律動につれてムクムクと動いていた。鋏をあげて翻すと切られた葉のかたまりはバラバラに砕けて横に飛び散った。刈ったあとには茶褐色にやけた朽ち葉と根との網の上に、まっ白にもえた茎が、針を植えたように現われた。そして強・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・はげしい時刻には、来る電車も来る電車も、普通の意味の満員は通り越した特別の超越的満員であるが、それでも停留所に立って、ものの十分か十五分も観察していると、相次いで来る車の満員の程度におのずからな一定の律動のある事に気がつく。六七台も待つ間に・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
出典:青空文庫