・・・ 姉さんたちは、いろいろと御馳走を運んで来る。上の姉さんには、五つくらいの男の子がまつわり附いている。下の姉さんには、三つくらいの女の子が、よちよち附いて歩いている。「さ、ひとつ。」小坂氏は私にビイルをついでくれた。「あいにくど・・・ 太宰治 「佳日」
・・・沖から帰ると、獲物を焼いて三匹の猫に御馳走をしてやる。猫は三毛と黒と玉。夜中に婆さんが目を醒した時、一匹でも足りないと、家中を呼んで歩くため、客の迷惑する事も時にはある。この婆さんから色々の客の内輪の話も聞かされた。盗賊が紳商に化けて泊って・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・「あすこの御馳走が一番ようおましゃろ」雪江は言っていた。 私たちは海の色が夕気づくころに、停車場を捜しあてて汽車に乗った。海岸の家へ帰りついたのは、もう夜であった。 私はその晩、彼らの家を辞した。二人は乗場まで送ってきた。蒼・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・をしたり、百人一首をしたり、饅頭など御馳走になったりしたことがあるが、たいていは林が私の家へくる方が多かった。だって私は妹の守りをすることもあるし、忙がしいのだから、一緒になるにはそれより方法がないからだ。 ときどきは、私と一緒にこんに・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・食膳に向って皿の数を味い尽すどころか元来どんな御馳走が出たかハッキリと眼に映じない前にもう膳を引いて新らしいのを並べられたと同じ事であります。こういう開化の影響を受ける国民はどこかに空虚の感がなければなりません。またどこかに不満と不安の念を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・あるいは山を踰え谿に沿いあるいは吹き通しの涼しき酒亭に御馳走を食べたなどと書いてあるのを見ると、いくらか自分も暑さを忘れると同時にまたその羨ましさはいうまでもない。殊にこの紀行を見ると毎日西瓜何銭という記事があるのを見てこの記者の西瓜好きな・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・そのままでもよし、卵クリームでもあると大へんな御馳走になります。 変りふろふき これからはよくどちらでも大根ふろふきが流行ります。大好きですがどうも胡麻をかけただけでは物足りないので一工夫して、挽肉を味噌、醤油・・・ 宮本百合子 「十八番料理集」
・・・「なんでも江戸の坊様に御馳走をしなくちゃあならないというので、蕎麦に鳩を入れて食わしてくれたっけ。鴨南蛮というのはあるが、鳩南蛮はあれっきり食った事がねえ。」「そうしていると打毀という奴が来やがった。浪人ものというような奴だ。大勢で・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・「安次、今晩は御馳走を食わそうか、よう?」「いいや、もう結構や。」「風呂が沸いてるぞ、お前這入らんか?」「あかんのじゃ、あいつに這入ると、やられるんじゃ。」「そうかて、いつまでも這入らずにいられまいが。」「何アに、も・・・ 横光利一 「南北」
・・・で、文人画をいくつも見せてもらっているうちに日が暮れ、晩餐を御馳走になって帰って来たのである。 漱石は『吾輩は猫である』のなかで、金持ちの実業家やそれに近づいて行くものを痛烈にやっつけている。また西園寺首相の招待を断わって新聞をにぎわせ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫