・・・これは菊池が先月の文章世界で指摘しているから、今更繰返す必要もないが、唯、自分にはこの異常性が、あの黒熱した鉄のような江口の性格から必然に湧いて来たような心もちがする。同じ病的な酷薄さに色づけられているような心もちがする。描写は殆谷崎潤一郎・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・○絶えず必然に、底力強く進歩していかれた夏目先生を思うと、自分のいくじないのが恥かしい。心から恥かしい。○文壇は来るべきなにものかに向かって動きつつある。亡ぶべき者が亡びるとともに、生まるべき者は必ず生まれそうに思われる。今年は必ず・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・という事であるのを忘れて了って、既に従来の道徳は必然服従せねばならぬものでない以上、凡ての夫が妻ならぬ女に通じ、凡ての妻が夫ならぬ男に通じても可いものとし、乃至は、そうしない夫と妻とを自覚のない状態にあるものとして愍れむに至っては、性急もま・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ 階級闘争は必然であり、すべての人間的運動は、資本主義的文明の破壊からはじまる。もはや、それに疑いを容れることが出来ない。人間の権利は平等であるから、生活の平等のみが文明の目的であり、同時に精神であるから。前進一路、人類の目的を達せんと・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・この観念は、いつしか、私をして、階級戦の必然をすら教えてやるに至ったのでした。 そして、また、ある時には、ラスコリニコフを空想家として嗤うことができなくなった。 いずれにしても、この社会から、生きるための苦痛と、悲劇を、無くしたいも・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・あるべき必然の真理として確認されている。忍従も、労働も、信念の前には意とすべきでない。男女共労、共楽の社会を建設するための犠牲なのだ。自欲のための忍従であり、労働であればこそ不平も起るけれど、真理への道程であると考えた時には、現在の艱苦に打・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・そのような状態がフランスではエグジスタンシアリスムという一つの思想的必然をうみ、人間というものを包んでいた「伝統」的必然のヴェールをひきさくことによって、無に沈潜し、人間を醜怪と見、必然に代えるに偶然を以てし、ここに自由の極限を見るのである・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・それに、借着をすれば、手間がはぶけて損料を払うだけでモーニングだとか紋附だとか――つまり実存主義は、戦後の混乱と不安の中にあるフランスの一つの思想的必然であります。このような文学こそ、新しい近代小説への道に努力せんとしている僕らのジェネレー・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・ お徳はお源がどんな顔をして現われるかと内々待ていたが、平常も夕方には必然水を汲みに来るのが姿も見せないので不思議に思っていた。 日が暮て一時間も経てから磯吉が水を汲みに来た。 下 お源は真蔵に見られて・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・共産主義の運動への情熱が日本の青年層を風靡し、犠牲的な行動にまで刺衝したのは、同主義の唯物的必然論にもかかわらず、依然として包蔵している人道主義的思想のためであったのだ。正義をもって社会悪を克服するという倫理的な根拠なくして、単なる物的必然・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫