・・・えて父の罪を償いわが祖先の名を高め候わんことを返すがえすも頼み上げ候 せめて士官ならばとの今日のお手紙の文句は未練に候ぞ大将とて兵卒とて大君の為国の為に捧げ候命に二はこれなく候かかる心得にては真の忠義思いもよらず候兄はそなたが上をうらや・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・十八の年まで淋しい山里にいて学問という学問は何にもしないでただ城下の中学校に寄宿している従兄弟から送って寄こす少年雑誌見たようなものを読み、その他は叔母の家に昔から在った源平盛衰記、太平記、漢楚軍談、忠義水滸伝のようなものばかり読んだのでご・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・という美徳を人に擬えて現わしたようなものであったり、あるいは「忠義」という事を人にして現わしたようなものであったり、あるいは強くて情深くて侠気があって、美男で智恵があって、学問があって、先見の明があって、そして神明の加護があって、危険の時に・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・目鼻立のパラリとした人並以上の器量、純粋の心を未だ世に濁されぬ忠義一図の立派な若い女であった。然し此女の言葉は主人の昨日今日を明白にして了った。そして又真正面から見た「にッたり」の木彫に出会って、これが自分で捌き得る人物だろうかと、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・へお頼みでござりますと月始めに魚一尾がそれとなく報酬の花鳥使まいらせ候の韻を蹈んできっときっとの呼出状今方貸小袖を温習かけた奥の小座敷へ俊雄を引き入れまだ笑ったばかりの耳元へ旦那のお来臨と二十銭銀貨に忠義を売るお何どんの注進ちぇッと舌打ちし・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・だぶだぶたまって、ああ、夕立よ、ざっと降れ、銀座のまんなかであろうと、二重橋ちかきお広場であろうと、ごめん蒙って素裸になり、石鹸ぬたくって夕立ちにこの身を洗わせたくてたまらぬ思いにこがれつつ、会社への忠義のため、炎天の下の一匹の蟻、わが足は・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ブルウズのようなものを着てナイトキャップをかぶり、妙に若がえって出て来たが、すぐ犬の首をおさえて、この犬は、としのくれにどこからか迷いこんで来たものであるが、二三日めしを食わせてやっているうちに、もう忠義顔をしてよそのひとに吠えたててみせて・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・でも、あとで、あなたにお伺いして、それは、あなたの全然ご存じなかった事で、すべては但馬さんの忠義な一存からだったという事が、わかりました。但馬さんには、ずいぶんお世話になりました。いまの、あなたの御出世も、但馬さんのお蔭よ。本当に、あなたに・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・そんなときにこの行燈が忠義な乳母のように自分の枕元を護っていてくれたものである。 母が頭から銀の簪をぬいて燈心を掻き立てている姿の幻のようなものを想い出すと同時にあの燈油の濃厚な匂いを聯想するのが常である。もし自分が今でもこの匂いの実感・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・ 忠義なハルメソンとその子が王の柩を船底に隠し、石ころをつめたにせの柩を上に飾って、フィヨルドの波をこぎ下る光景がありあり目に浮かんだ、そうしてこの音楽の律動が櫂の拍子を取って行くように思われた。 その後にも長女は時々同じ曲の練習を・・・ 寺田寅彦 「春寒」
出典:青空文庫