・・・ことに血なまぐさい戦場に倒れて死に面して苦しんでいる人の姿を思い浮かべると、私はじっとしていられない気がしました。 私は心臓が変調を来たしたような心持ちでとりとめもなくいろいろな事を思い続けました。――しかしこれだけなら別にあなたに訴え・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・われわれが白い蓮の花を思い浮かべるとき、そこに出てくるのはこういう白色の花弁であって、真に純白の花弁なのではあるまい。そう私は感ぜざるを得なかった。真に純白な蓮の花は決して美しくはない。艶めかしい紅蓮の群落から出て行ってこの白蓮の群落へ入っ・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・人間の心のあらゆる領域、すなわち科学、芸術、宗教、道徳その他医療や生活方法の便宜などへの関心等によって代表せられる人間の生のあらゆる活動が、なお明らかな分化を経験せずして緊密に結合融和せる一つの文化を思い浮かべる。そこでは理論は象徴と離れる・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・人相のない顔を思い浮かべる事は出来ない。けれどもいかに特殊な人相の顔でもそれは「顔」である。「顔」の一部ではなくて全部である。そうして「顔」であるという点においてはすべてが同一である。またわれわれに対して意味価値を持つのは必ず人相であるが、・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・漱石の姿を思い浮かべるときには、いつもこのきちんとすわった姿が出てくる。実際またこの後にも、大抵はすわった漱石に接していた。だから一年近くたってから、歩いている漱石を見ていかにもよぼよぼしているように感じられて、ひどく驚いたことがある。確か・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・いわんや顔を知り合っている相手の場合には、顔なしにその人を思い浮かべることは決してできるものでない。絵をながめながらふとその作者のことを思うと、その瞬間に浮かび出るのは顔である。友人のことが意識に上る場合にも、その名とともに顔が出てくる。も・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫