・・・ けれども、私が以前の数十篇の小説を相変らず支持しているからといって、私を甘いと思い込むのは、誤りである。私がこのごろ再び深く思案してみたところに依っても、私の作品鑑定眼とでもいうべきものは断じて、断じてという言葉を三度使ったわけである・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ある人はこれを社会経済状態の欠陥のせいだと信じ、またある人は唯物論的思想の流行による国民精神の廃頽のせいだと思い込む。しかしこれらの動揺の真因は必ずしもそう手近な簡単なものではないかもしれないと思われる。 いろいろ考えられる原因の中での・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・ 少し頭の細やかな、頭の先立って育った人達は或る時期にある特別に涙っぽい気持を持って世の中のすべての事の一端をのぞいて全部だと思い込む人達であった。 心の隅に起った目に見えるか見えないの雨雲を無理にもはてしなく押し拡げて、降りそそぐ・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫