・・・ さては随筆に飛騨、信州などの山近な片田舎に、宿を借る旅人が、病もなく一晩の内に息の根が止る事がしばしば有る、それは方言飛縁魔と称え、蝙蝠に似た嘴の尖った異形なものが、長襦袢を着て扱帯を纏い、旅人の目には妖艶な女と見えて、寝ているものの・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・と茶も飲まないで直ぐ飛出し、「大勝利だ、今度こそロスの息の根を留めた、下戸もシャンパンを祝うべしだネ!」と周章た格子を排けて、待たせて置いた車に飛乗りざま、「急げ、急げ!」 こんな周章ただしい忙がしい面会は前後に二度となかった。「ロスの・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・栗本は、出された甲のすべっこい、小さい手を最大限度に力を入れて握ったと見せるために、息の根を止め、大便が出る位いきばった。その実、出来るだけ力を入れんようにして。「傷はまだ痛いか。」「はい。」「よしッ!」 軍医は出て行くよう・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・「私は、私の仇敵を、ひしと抱擁いたします。息の根を止めて殺してやろう下心。」これは、有名の詩句なんだそうだが、誰の詩句やら、浅学の私には、わからぬ。どうせ不埒な、悪文学者の創った詩句にちがいない。ジイドがそれを引用している。ジイドも相当に悪・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・女の子は、母の真似をして、小さい白いガーゼのマスクをして、そうして白昼、酔ってへんなおばさんと歩いている父のほうへ走って来そうな気配を示し、父は息の根のとまる思いをしたが、母は何気無さそうに、女の子の顔を母のねんねこの袖で覆いかくした。・・・ 太宰治 「父」
・・・寄するときは甲の浪、鎧の浪の中より、吹き捲くる大風の息の根を一時にとめるべき声を起す。退く浪と寄する浪の間にウィリアムとシーワルドがはたと行き逢う。「生きておるか」とシーワルドが剣で招けば、「死ぬところじゃ」とウィリアムが高く盾を翳す。右に・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・巻かれた奴あ、ギュッと巻き締められて、息の根を止められちまわあな。ボーイ長を見な。奴あ泣寝入りと云いたいんだが、泣寝入り処じゃねえや、泣き死にに死んじゃったじゃねえか。ヘッ、毛も生えないような、雛っ子じゃあるめえし、未だ、おいら泣き死にはし・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ 当時のこのようなプロレタリア文化・文学運動が佐野・鍋山の転向のあおりによって息の根をとめられた一九三三―三四年ごろ、プロレタリア文化・文学の組織に属していたすべてのものが、検事局製の運動の自己批判というものを押しつけられた。それは従来・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫