・・・ 多恨の詩人肌から亡朝の末路に薤露の悲歌を手向けたろうが、ツァールの悲惨な運命を哀哭するには余りに深くロマーノフの罪悪史を知り過ぎていた。が、同時に入露以前から二、三の露国革命党員とも交際して渠らの苦辛や心事に相応の理解を持っていても、双手・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・また、これを階級問題に移して、最も悲惨な犠牲者として、考えるばかりにとゞまらない。こうした悲情な物理力に対して、また狂暴なる野蛮力に対して、互に戦うことに於て、いかなる正義が得られ、いかなる真理の裁断が下され得るかということであります。・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・それが得られないために、僅かに憧憬によって、悲惨な生活にも堪え得るのだ。 漂浪者の多くは、曾て郷土に反抗した人達であった。しかして、流浪の末に、最後に心の慰安を多くそこに見出したと知る時、私達は、土と人間の関係について今更の如く考えさせ・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・ 幾年か前、彼がまだ独りでいて、斯うした場所を飲み廻りほつき歩いていた時分の生活とても、それは決して今の生活と較べて自由とか幸福とか云う程のものではなかったけれど、併しその時分口にしていた悲痛とか悲惨とか云う言葉――それ等は要するに感興・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・煩悩の絆にシッカと結びつけられながら、身ぶるいするようなあの鉄枠やあるいは囚舎の壁、鉄扉にこの生きた魂、罪に汚れながらも自分のものとしてシッカと抱いていねばならぬ魂を打つけて、血まみれになっているその悲惨さを体味しながらそれでも一条の灯を認・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・成程悲惨なる境遇に陥った人であるとツク/″\気の毒に思ったのである。けれども止むなくんばと、「断然離婚なさったら如何です。」「それは新らしき事実を作るばかりです。既に在る事実は其為めに消えません。」「けれども其は止を得ないでしょ・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・えません、さりながらです、僕は岡本君の為めにその恋人の死を祝します、祝すというが不穏当ならば喜びます、ひそかに喜びます、寧ろ喜びます、却て喜びます、もしもその少女にして死ななんだならばです、その結果の悲惨なる、必ず死の悲惨に増すものが有った・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 婦人が育児と家庭以外に、金をとる労働をしなければならないというのは、社会の欠陥であって、むしろやむを得ない悲惨事である。婦人を本当に解放するということは、家庭から職業戦線へ解放することではなくて、職業戦線から解放して家庭へ帰らせること・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・『弁証法と自然』において、唯物弁証法を発展させ、『英国における労働階級の境遇』において、自由競争下の労働者の悲惨な実状を論じた。ラサールはマルクスと異なり、理念に導かれた人間の道徳的意志が歴史の発展を導き得るとなした。彼は個人主義の法治国家・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・それは、原始時代を思わせる悲惨なものだった。 彼は、能う限り素早く射撃をつゞけて、小屋の方へ退却した。が、犬は、彼らの退路をも遮っていた。白いボンヤリした月のかげに、始め、二三十頭に見えた犬が、改めて、周囲を見直すと、それどころか、五六・・・ 黒島伝治 「前哨」
出典:青空文庫