・・・ポルジイはまだ子供らしく、こんなかくれん坊の興味を感じる。ドリスも冒険という冒険が好きだから、同じように嬉しがる。芝居のない日には、朝から晩まで差向いで楽む。 折々極親しい友達を呼んで来る。内証の宴会をする。それがまた愉快である。どうか・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・この匂いを嗅ぐと、少年時代に遊び歩いた郷里の北山の夏の日の記憶が、一度に爆発的に甦って来るのを感じる。 宿に落着いてから子供等と裏の山をあるいていると、鶯が鳴き郭公が呼ぶ。落葉松の林中には蝉時雨が降り、道端には草藤、ほたるぶくろ、ぎぼし・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・この調和が即ちかくの如き諸篇を成さしめた所以である事を感じるのである。 明治三十年代の吉原には江戸浄瑠璃に見るが如き叙事詩的の一面がなお実在していた。『今戸心中』、『たけくらべ』、『註文帳』の如き諸作はこの叙事詩的の一面を捉え来って描写・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・ と云う程、慣れ切った仕事であったのに、それでもその一瞬間は、たとい夏であっても体のどこかに、寒さに似たものを感じるのであった。 見張りで、ベルをガラン、ガランと振り始めた。吹雪の呻りとベルの音とが、妙に淋しくこんがらかって、流れて・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・己はお前達の美に縛せられて、お前達を弄んだお蔭で、お前達の魂を仮面を隔てて感じるように思った代には、本当の人生の世界が己には霧の中に隠れてしまった。お前達が自分で真の泉の辺の真の花を摘んでいながら、己の体を取り巻いて、己の血を吸ったに違いな・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・夏蜜柑などはあまり酸味が多いので普通の人は食わぬけれど、熱のある時には非常に旨く感じる。これに反して林檎のような酸味の少い汁の少いものは、始め食う時は非常に旨くても、二、三日も続けてくうとすぐに厭きが来る。柿は非常に甘いのと、汁はないけれど・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ いまこの四冊の評論集をながめて、書評を書こうとし、非常に困難を感じる。なぜなら、この四冊の本には、著者の二十年近い生活とその発展のひだがたたまれている。しかもそれは一人の前進的な人間の小市民的インテリゲンツィアからボルシェビキへの成長・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・ゴルキイのような vagabondage をして愉快を感じるには、ロシア人のような遺伝でもなくては駄目らしい。やはりけちな役人の方が好いかも知れないと思って見る。そしてそう思うのが、別に絶望のような苦しい感じを伴うわけでもないのである。・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・で、何物にも屈伏することを好まない青年の自尊心を感じることの出来る者達程、此の日の二人の乱闘の原因も、所詮酒の上の、「箸で突いた」程度のことから始まったと自然な洞察を下して、また酒盃をとり上げた。 併し此の噂は村の幾宵を騒がせた。そして・・・ 横光利一 「南北」
・・・自分でさえそう感じる事が時にはあるのですから。私は私たちの心持ちに同情のない要求にすぐ従おうとは思いませんが、しかしなお自分をどうにかしなければならない事を切に感じます。日常の生活は実に貴いのです。言い訳が立つからといって、なすべき事をしな・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫