・・・大豆にはくちかきむしの成虫がうざうざするほど集まった。麦類には黒穂の、馬鈴薯にはべと病の徴候が見えた。虻と蚋とは自然の斥候のようにもやもやと飛び廻った。濡れたままに積重ねておいた汚れ物をかけわたした小屋の中からは、あらん限りの農夫の家族が武・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 蛆がきたないのではなくて、人間や自然の作ったきたないものを浄化するために蛆がその全力をつくすのである。尊重はしても軽侮すべきなんらの理由もない道理である。 蛆が成虫になって蠅と改名すると、急にたちが悪くなるように見える。昔は「五月・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・ うじがきたないのではなくて人間や自然の作ったきたないものを浄化するためにうじがその全力を尽くすのである。尊重はしても軽侮すべきなんらの理由もない道理である。 うじが成虫になってはえと改名すると急に性が悪くなるように見える。昔は五月・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それから手近な動物の事をかいた書物を捜したが、この虫の成虫であるべき蝶蛾がどんなものであるか分らなかった。英語では何というかと思って和英辞書を開けてみたが虫の一種とあるばかりで要領を得なかった。いったいこの虫が西洋にも居るだろうか。もし居れ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ 例えば昆虫の生涯を考えても、卵から低級な幼虫になってそれがさなぎになり成虫になるあの著しい変化は、昆虫の生涯における目立った律動のようなものではあるまいか。 人間の生涯には、少なくも母体を離れた後にこのように顕著な肉体的の変態があ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ お玉杓子が湧き、ちゃくとり――油虫の成虫――がわやわや云いながら舞いさわぐ下の耕地にはペンペン草や鷺苔や、薄紫のしおらしい彼岸花が咲き満ちて、雪解で水嵩の増した川という川は、今までの陰気に引きかえまるで嬉しさで夢中になっているようにみ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫