・・・この日も鷹見は、帰路にぜひ寄れと勧めますから、上田とともに三人連れ立って行って、夫人のお手料理としては少し上等すぎる馳走になって、酒も飲んで「あの時分」が始まりましたが、鷹見はもとの快活な調子で、「時に樋口という男はどうしたろう」と話が・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 三日目には私は嫂のために旧いなじみの人を四方木屋の二階に集めて、森さんのお母さんやお菊婆さんの手料理で、みんなと一緒に久しぶりの酒でもくみかわしたいと思った。三年前に兄を見送ってからの嫂は、にわかに老けて見える人であった。おそらくこれ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そこへおさだは台所の方から手料理の皿に盛ったのを運んで来た。 おげんはおさだに、「なあし、おさださん――喧嘩でも何でもないで。おさださんとはもうこの通り仲直りしたで」「ええええ、何でもありませんよ」 とおさだの方でも事もなげ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・連れの職工は、おい旦那、と私を呼び、奥さんの手料理をそれではごちそうになるとしよう、お前、案外もてやがるんだなあ、いろおとこめ、と言います。そう言われて私もまんざらでなく、うふふと笑ってやにさがり、いもの天ぷらを頬張ったら、私の女が、お前、・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・妾宅の台所にてはお妾が心づくしの手料理白魚の雲丹焼が出来上り、それからお取り膳の差しつ押えつ、まことにお浦山吹きの一場は、次の巻の出づるを待ち給えといいたいところであるが、故あってこの後は書かず。読者諒せよ。明治四十五年四月・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫