・・・と、私は持ち主の樋口に聞きますと、樋口は黙ってうなずいて軽くため息をしました。 私が鸚鵡を持って来たので、ねそべっていた政法の二人ははね起きました、「どうした」と鷹見は鸚鵡のかごと私の顔を見比べて、しかも笑いながら、聞きますから、「・・・ 国木田独歩 「あの時分」
明治倶楽部とて芝区桜田本郷町のお堀辺に西洋作の余り立派ではないが、それでも可なりの建物があった、建物は今でもある、しかし持主が代って、今では明治倶楽部その者はなくなって了った。 この倶楽部が未だ繁盛していた頃のことである、或年の冬・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・こうしたやさしき情緒の持主なればこそ、われわれは彼の往年の猛烈な、火を吐くような、折伏のための戦いを荒々しと見ることはできないのである。また彼のすべての消息を見て感じることはその礼の行きわたり方である。今日日蓮の徒の折伏にはこの礼の感じの欠・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・人間は面白がって見物しているのに、犬は懸命の力を出して闘う。持主は自分の犬が勝つと喜び、負けると悲観する。でも、負けたって犬がやられるだけで、自分に怪我はない。利害関係のない者は、面白がって見物している。犬こそいい面の皮だ。・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・それに対して、百姓達は押えに来た際、豚を柵から出して野に放とう、そうして持主を分らなくしよう。こう会合できめたのであった。会の時には、一人の反対者もなかった。それがあとになって、自分の利益や、地主との個人的関係などから寝返りを打とうとする者・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・贋鼎だって、最初真鼎の持主の凝菴が歎服した位のものではあり、まして真鼎を目にしたことはない九如であるから、贋物と悟ろうようはない、すっかりその高雅妙巧の威に撲たれて終って、堪らない佳い物だと思い込んで惚れ惚れした。そこで無理やりに千金を押付・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・と胴太き声の、蒼く黄色く肥ったる大きなる立派な顔の持主を先に、どやどやと人々入来りて木沢を取巻くように坐る。臙脂屋早く身退りし、丹下は其人を仰ぎ見る、其眼を圧するが如くに見て、「丹下、けしからぬぞ、若い若い。あやまれあやまれ。後輩の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・但し貴下に考慮に入れて貰いたいのは、私のきらいな人というのは、私の店の原稿用紙をちっとも買ってくれない人を指して居るのではなく、文壇に在って芸術家でもなんでもない心の持主を意味して居ります。尠くともこの間に少しも功利的の考えを加えて居らぬこ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・Xであり、Yであり、しかも最も重大なことには、百円、あそんでいるお金の持ち主より。そのおかかえ作家、太宰治へ。太宰治君。誰も知るまいと思って、あさましいことをやめよ。自重をおすすめします。」 月日。「太宰さん。私も一、二夜のちに・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・腹の持主はぐっとも言わない。日本人のやる腹切りのようなわけだ。そしてぐいと引き廻して、腹の中へ包みを入れた。包みの中には例の襟が這入っているのである。三十九号の立襟である。一ダズン七ルウブルの中の二つである。それから腹の創口をピンで留めて、・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫