・・・今までは処々に捩れて垂れて居て、泥などで汚れて居た毛が綺麗になって、玻璃のように光って来た。この頃は別荘を離れて、街道へ出て見ても、誰も冷かすものはない。ましてや石を投げつけようとするものもない。 しかし犬が気持ちよく思うのはこの時もた・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・…… 年増分が先へ立ったが、いずれも日蔭を便るので、捩れた洗濯もののように、その濡れるほどの汗に、裾も振もよれよれになりながら、妙に一列に列を造った体は、率いるものがあって、一からげに、縄尻でも取っていそうで、浅間しいまであわれに見える・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ と引捻れた四角な口を、額まで闊と開けて、猪首を附元まで窘める、と見ると、仰状に大欠伸。余り度外れなのに、自分から吃驚して、「はっ、」と、突掛る八ツ口の手を引張出して、握拳で口の端をポン、と蓋をする、トほっと真白な息を大きく吹出す…・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・また器械の廻転軸の捻れを直接光学的に読み取るトーションメーターの考案も最も巧妙なものとして帝国学士院から授賞されたものである。また鉄筋コンクリートで船を造る場合に主応力の方向に鉄筋を入れるという最も合理的な施工法に関する特許を得ている。地震・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・鏡が幾枚かあるがそれらに映る万象はみんなゆがみ捻れた形を見せる。物差のようなもので半分を赤く半分を白く塗り分けたものがある。私はこの簡単な物差ですべてのものを無雑作に可否のいずれかに決するように教えられて来たのであった。骨牌のような札の片側・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ お前は、俺達を、一様に搾取するだけで倦き足りないで、そういう風にして、個々の俺達の仲間までも堕落させるんだ。 フン! 捩れ。 押しひしゃげ。やるがいいや。捩れるときは捩れるもんだ。そうそういつまでも、機会というものがお前を待っては居な・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・この剪定鋏はひどく捩れておりますから鍛冶に一ぺんおかけなさらないと直りません。こちらのほうはみんな出来ます。はじめにお値段を決めておいてよろしかったらお研ぎいたしましょう。」「そうですか。どれだけですか。」「こちらが八銭、こちらが十・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・その一ねじりは作者にとってそれから後をプラン通りに運ぶ便宜上役立ってはいたが、あるがままの現実に面してそれを掘り下げて行こうというには、主題が現実の多難性の前で捩れて、裏がえしとなって、読者の心が求めているものとは背中合わせな本質となってい・・・ 宮本百合子 「生産文学の問題」
・・・現代の文学者の或る人々の中には文人気質が様々に捩れ、弱小なものとなって未だのこっており、そういう人々の間では「さび」が猶芸術価値として存在している。詩人の堀口大学氏などを眺めると、フランス近代詩人の粋の感覚を、日本の粋とそのデカダンスの面で・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・つまり捩れた、時代を超絶したような考は持ってもいず、解せようともしなかったのが、蔀君の特色であったらしい。さ程深くもなかった交が絶えてから、もう久しくなっているが、僕はあの人の飽くまで穏健な、目前に提供せられる受用を、程好く享受していると云・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫