・・・過ぐる東京での震災の日には、打ち続く揺り返し、揺り返しで、その度に互いに眼の色を変えたことが、言わず語らずの間に二人の胸を通り過ぎた。お富は無心な子供の顔をみまもりながら、「お母さん、御覧なさい、この児はもうあの地震を覚えていないようで・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ と云う叫びがまだ唇を離れないうちに、今の今まで見えていた人の寝姿を押し隠して、陰気に重々しく二三度ゴロッ、ゴロッと揺り返した。 そして、もうそれっきり動く様子は見えなかった。六 恐ろしい冬が過ぎた。 ほどよい雨・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・を繰返す。揺り返しの間を見、私は、いそいで階子を降りた。居間のところへ来て見ると、丁度昼飯に集っていた家内じゅうの者が、皆、渋をふき込んだ廊下に出て立っている。顔を見合わせても口を利くものはない。全身の注意を集注した様子で、凝っと揺れの鎮る・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫