・・・ 堀尾一等卒は苦々しそうに、肩の上の銃を揺り上げた。「こちとらはみんな死に行くのだぜ。して見ればあれは××××××××××××××そうって云うのだ。こんな安上りな事はなかろうじゃねえか?」「それはいけない。そんな事を云っては××・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・雨強く風烈しく、戸を揺り垣を動かす、物凄じく暴るる夜なりしが、ずどんと音して、風の中より屋の棟に下立つものあり。ばたりと煽って自から上に吹開く、引窓の板を片手に擡げて、倒に内を覗き、おくの、おくのとて、若き妻の名を呼ぶ。その人、面青く、髯赤・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・一揺り揺れて、ざわざわと動くごとに、池は底から浮き上がるものに見えて、しだいに水は増して来た。映る影は人も橋も深く沈んだ。早や、これでは、玄武寺を倒に投げうっても、峰は水底に支えまい。 蘆のまわりに、円く拡がり、大洋の潮を取って、穂先に・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ また泣き出したを揺りながら、女房は手持無沙汰に清しい目をみはったが、「何ですね、何が欲いんですね。」 となお物貰いという念は失せぬ。 ややあって、鼠の衣の、どこが袖ともなしに手首を出して、僧は重いもののように指を挙げて、そ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・令夫人は、駒下駄で圧えても転げるから、褄をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺り、歯を剥いて刎ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬りものにしたような素足で、裳をしなやかに、毬栗を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と尻とともに天秤棒を引傾げて、私の目の前に揺り出した。成程違う。「松露とは、ちょっと、こんなものじゃ。」 と上荷の笊を、一人が敲いて、「ぼんとして、ぷんと、それ、香しかろ。」 成程違う。「私が方には、ほりたての芋が・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・――風も次第に、ごうごうと樹ながら山を揺りました。 店屋さえもう戸が閉る。……旅籠屋も門を閉しました。 家名も何も構わず、いまそこも閉めようとする一軒の旅籠屋へ駈込みましたのですから、場所は町の目貫の向へは遠いけれど、鎮守の方へは近・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・私は、父を揺り起そうとした。すると、『うるさい。少し眠かしてくれ。』といったぎり、また眠ってしまった。私は、全く、孤独であった。 熱い烈しい日光を冒して外に出て見たが、眼が眩むように、草も木も、すべてだらりと葉を垂れて、眤と光っている。・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・ 展望の北隅を支えている樫の並樹は、ある日は、その鋼鉄のような弾性で撓ない踊りながら、風を揺りおろして来た。容貌をかえた低地にはカサコソと枯葉が骸骨の踊りを鳴らした。 そんなとき蒼桐の影は今にも消されそうにも見えた。もう日向とは思え・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 五月七日 一寝入したかと思うと、フト眼が覚めた、眼が覚めたのではなく可怕い力が闇の底から手を伸して揺り起したのである。 その頃学校改築のことで自分はその委員長。自分の外に六名の委員が居ても多くは有名無実で、本気で世話を焼くもの・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫