・・・にはヘッセの数多い作品の中でも、そういう積極的な人間らしい生活を求めずにいられない人々の願いの方向が生々しく脈うっている。この小説のなかで作者が、大人の所謂教育というものの考えかたに対して向けている抗議には、おとなしい表現の中に鋭い、健全な・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・私共は親しい源氏物語の光君は持っているが、彼とても、彼と交渉を持った数多い女性達の優婉さ、賢さ、風情、絵巻物風な滑稽等の生彩ある活躍にまぎれると、結局末摘花や浮舟その他の人物の立派な紹介者というだけの場合さえあるようだ。種々な作品を一般にい・・・ 宮本百合子 「わからないこと」
・・・従ってあの数多い麦は、かなり機械的な繰り返しをもって、ただ画面上の注意のみによって描かれたものであろう。個々の麦のおのおのに画家の初発的な注意や感情がこもっているとは、どうしても感ぜられない。いわんやあの麦畑の全体を直観した時の画家の感じは・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・その間の数多い歌が、実に豊かに山村の風物を描き出している。しかもその歌がそれぞれに玉のように美しい。実に得難い歌集である。 老年の先生を信州の山の中に追いやった戦禍のことを思うと、まことに心ふさがる思いがするが、しかしそれが機縁になって・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
・・・朝、戸をあけて見ると、ふわふわとした雪が一、二寸積もって、全山をおおうている。数多い松の樹は、ちょうど土佐派の絵にあるように、一々の枝の上に雪を載せ、雪の下から緑をのぞかせる。楓の葉のない枝には、細い小枝に至るまで、一寸ぐらいずつ雪が積もっ・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
・・・ことに先生の芸術については、今新しく読みかえしている暇がない。数多い製作のあるものはおぼろな記憶の霞のかなたにほとんど影を失いかかっている。あるものはただ少年時の感激によってのみ記憶され、あるものは幾年かの時日によって印象を鈍らされている。・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
・・・ 雲岡の数多い石仏は、その手法の上から推古仏の源流であること疑いがないといえるであろうが、しかしその与える印象においては推古仏とだいぶ違うものである。その豊満な肢体や、西方人を連想させる面相や、それらを取り扱う場合の感覚的な興味などは、・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫