・・・僕はほら地名や職業の名や数字を夥しく作品の中にばらまくでしょう。これはね、曖眛な思想や信ずるに足りない体系に代るものとして、これだけは信ずるに足る具体性だと思ってやってるんですよ。人物を思想や心理で捉えるかわりに感覚で捉えようとする。左翼思・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 吉田は平常よく思い出すある統計の数字があった。それは肺結核で死んだ人間の百分率で、その統計によると肺結核で死んだ人間百人についてそのうちの九十人以上は極貧者、上流階級の人間はそのうちの一人にはまだ足りないという統計であった。勿論こ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・それには、アルファベットとアラビア数字がきれぎれに、一字一字、全部で三十字ほど折れ釘のように並んでいた。クヅネツォフは、対岸の、北の村に住んでいる富農だ。パン粉を買い占めたり、チーズを買い占めたり、そして、それを労働者に高くで売りつける。そ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・それは、農林省の『本邦農業要覧』にあらわれた数字よりも、もっと正確に日本農民の生活を描きだしていた。けれども、それだけに止っていた。」とナップ三月号で池田寿夫はいっている。確に、それはその通り、それだけに止っていたのである。農林省の「本邦農・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・ああ、なかの数字の羅列がどんなに美しく眼にしみたことか。少年は、しばらくそれをいじくっていたが、やがて、巻末のペエジにすべての解答が記されているのを発見した。少年は眉をひそめて呟いたのである。「無礼だなあ」 外はみぞれ、何を笑うやレ・・・ 太宰治 「葉」
・・・もとは、笠井さんも、そのような調査の記録を、写実の数字を、極端に軽蔑して、花の名、鳥の名、樹木の名をさえ俗事と見なして、てんで無関心、うわのそらで、謂わば、ひたすらにプラトニックであって、よろずに疎いおのれの姿をひそかに愛し、高尚なことでは・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・なお彼は、文政十年、十六歳の春より人に代筆せしめ稽古日記を物し始めたが、天保八年、二十六歳になってからは、平仮名いろは四十八文字、ほかに数字一より十まで、日、月、同、御、候の常用漢字、変体仮名、濁点、句読点など三十個ばかり、合わせても百字に・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・公式は、丁度世界歴史の年代の数字と同様に、彼等の物理学の中に潜む気味の悪い怖ろしい幽霊である。よく訳のわかった巧者な実験家の教師が得られるならば中頃の学級からやり始めていい。そうしてもラテン文法の練習などではめったに出逢わないような印象と理・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ ドイツだとこれほど簡単に数字的に始末の出来る事が、我が駒込辺ではそう簡単でないようである。 どちらがいいか悪いか、それは分らない。ある解釈に従えば、私の偶然に関係した店の主人の仕打ちうや、それに対する私のした事や考えた事なんかは、・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・その詳細の数字は略するが、冬期すなわち十二月一月二月の三か月中における総降水日数を、最近四か年について平均したものをあげてみると、次のようである。伊吹山 六九、二 岐阜 四十、二敦賀 七二、八 京都 ・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
出典:青空文庫