・・・ キリスト主義といえば、私はいまそれこそ文字通りのあばら家に住んでいます。私だってそれは人並の家に住みたいとは思っています。子供も可哀そうだと思うこともあります。けれども私にはどうしてもいい家に住めないのです。それはプロレタリア意識とか・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・ この猫が書斎の前の縁側にすわってかゆがって身もだえをしていられると、どうにも仕事が手につかない。文字通りの意味でのシンパシーまたミットライドとはこんなのを言うのかもしれない。 三つの「かゆい話」のぶつかったのは全く偶然のコインシデ・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・女学校へ入って間もなくあった校友会に出たきり、私は、文字通り御無沙汰を続けている。我々の年代にあっては、生活の全感情がいつも刻々に移り換る現在に集注されるのが自然らしい。日々の生活にあっては、今日と云い、今と云う、一画にぱっと照りつけた強い・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・近日又ゆっくり常態で書きますが、今日は文字通り同病の誼による御機嫌伺いを申します。[自注23]ベッドの上で手紙をおかきになる――病監には机がなく、ベッドの蒲団の上で手紙を書いていた。 十二月十二日 〔市ヶ谷刑務所の顕・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・「文学の大衆化を、文字通り自分の眼前で実行するには、権力又は政治党派と結合するのが早道である。私は誇張した例を挙げよう。例えばネロは、権力によって自己の作品を大衆に強制した。このギリシヤかぶれの暴君は、自分の作品を非難する者を容赦なく殺した・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・前日の百五十三万里に比して三万里近くなって居る一時間正ニ千二百五十里 一分分にしても二十一里弱 文字通り宙をとんで来た。 上野の自働電話 直ぐとなりにバナナのたたき売りあり、電話の話と混同する「ああもしもしえ・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・○先ずもってわれわれヨーロッパの世界は、この新しい神の国、ロシアという世界国家の中で崩壊しなければならず、然るのち初めて救われるのである。文字通り彼は云っている「あらゆる人間は先ずロシア人とならねばならぬ」と。しかるのちはじめて新しい世・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・ 尾世川は、文字通り救われた喜色で面じゅうを照り輝かせた。「そう願えりゃそれに越したことはないですが。――かまわないですか、貴女みたいに若い御婦人の行かれるところじゃ無いんじゃないですか」「その人を訪ねて行くんですもの平気でしょ・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・民主主義は文字通り人民の幸福を主として考え、運営される社会を意味する。人口の九割五分が勤労者として生活している時、その人口の男女比率で婦人が三百万人も多い時、これらの勤労する全人民を、人口の半分以上の婦人のよろこびや悲しみや希望を表現する人・・・ 宮本百合子 「明瞭で誠実な情熱」
・・・今度は白蓮の群落であったが、その白蓮は文字通り純白の蓮の花で、紅の色は全然かかっていない。そういう白蓮に取り巻かれてみると、これまで白蓮という言葉から受けていた感じとはまるで違った感じが迫って来た。それは清浄な感じを与えるのではなく、むしろ・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫