・・・ なおこの土地に住んでいる人の中にも、永く住んでいる人、きわめて短い人、勤勉であった人、勤勉であることのできなかった人等の差別があるわけですが、それらを多少斟酌して、この際私からお礼をするつもりでいます。ただし、いったんこの土地を共有し・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ いかに孝女でも悪所において斟酌があろうか、段々身体を衰えさして、年紀はまだ二十二というのに全盛の色もやや褪せて、素顔では、と源平の輩に遠慮をするようになると、二度三度、月の内に枕が上らない日があるようになった。 扱帯の下を氷で冷す・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・…… すべて、いささかも御斟酌に及びません。 諸君が姑息の慈善心をもって、些少なりとも、ために御斟酌下さろうかと思う、父母も親類も何にもない。 妻女は亡くなりました、それは一昨年です。最愛の妻でした。」 彼は口吃しつつ目瞬し・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ こういう道義的アナーキズム時代における人の品行は時代の背景を斟酌して考慮しなければならない。椿岳は江戸末季の廃頽的空気に十分浸って来た上に、更にこういう道義的アナーキズム時代に遭逢したのだから、さらぬだに世間の毀誉褒貶を何の糸瓜とも思・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ただし事皆世上には知られぬよう、臙脂屋のためにも此方のためにも、十二分に御斟酌あられい。ハテ、心地よい。木沢殿、事すでにすべて成就も同様、故管領御家再興も眼に見えてござるぞ。」というと、人々皆勇み立ち悦ぶ。「損得にはそれがしも引廻さ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・私は、年少の友に対して、年齢の事などちっとも斟酌せずに交際して来た。年少の故に、その友人をいたわるとか、可愛がるとかいう事は私には出来なかった。可愛がる余裕など、私には無かった。私は、年少年長の区別なく、ことごとくの友人を尊敬したかった。尊・・・ 太宰治 「散華」
・・・それで貌の処だけは幾らか斟酌して隙を多く拵えるにした所で、兎に角頭も動かぬようにつめてしまう。つまり死体は土に葬むらるる前に先ずおが屑の嚢の中に葬むらるるのである。十四五年前の事であるが、余は猿楽町の下宿にいた頃に同宿の友達が急病で死んでし・・・ 正岡子規 「死後」
・・・女子が、神経の弱い、社会的因襲による無智から常規を逸しやすいものとして、結論に当っていくらかの斟酌を加えられる場合は決して尠くないけれども、刑法は女子が人妻だからといって無能力者と規定してはいないのである。日本の婦人の置かれて来た立場の奇怪・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
出典:青空文庫