・・・が、ちょうど妊娠しているために、それを断行する勇気がありません。そこで達雄に愛されていることをすっかり夫に打ち明けるのです。もっとも夫を苦しめないように、彼女も達雄を愛していることだけは告白せずにしまうのですが。 主筆 それから決闘にで・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・が、もしそうだとすれば、なぜまたあの理想家の三浦ともあるものが、離婚を断行しないのでしょう。姦通の疑惑は抱いていても、その証拠がないからでしょうか。それともあるいは証拠があっても、なお離婚を躊躇するほど、勝美夫人を愛しているからでしょうか。・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・かかる保証を有ちながら、私が所有地解放を断行しなかったのは、私としてはなはだ怠慢であったので、諸君に対しことさら面目ない次第です。 だいたい以上の理由のもとに、私はこの土地の全体を諸君全体に無償で譲り渡します。ただし正確にいうと、私の徴・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・陳列換えは前総長時代からの予ての計画で、鴎外の発案ではなかったともいうし、刮目すべきほどの入換えでもなかったが、左に右く鴎外が就任すると即時に断行された。研究報告書は経費の都合上十分抱負が実現されなかったが、とにかく鴎外時代となって博物館か・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・「大阪曾根崎署では十九日朝九時、約五十名の制服警官をくり出して梅田自由市場の煙草販売業者の一斉取締りを断行、折柄の雑沓の中で樫棒、煉瓦が入れ交つての大乱闘が行はれ重軽傷者数名を出した。負傷者は直ちに北区大同病院にかつぎ込み加療中。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・しかしこうした場合だから迷わんで断行した方がいいと私はしいて気を張っていたが、さすがにFと別れるのがもの悲しく、これがついに一生の別れででもあるかのような頼りない気さえした。Fの方は昨晩からずいぶん悄げていたが、行李もできて別れの晩飯にかか・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・一年の熱去り、気は水のごとくに澄み、天は鏡のごとくに磨かれ、光と陰といよいよ明らかにして、いよいよ映照せらるる時』である、気が晴ればれする、うちにもどこか引き緊まるところがあって心が浮わつかない。断行するにも沈思するにも精いっぱいできる・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・お客のあさはかな虚栄と卑屈、店のおやじの傲慢貪慾、ああもう酒はいやだ、と行く度毎に私は禁酒の決意をあらたにするのであるが、機が熟さぬとでもいうのか、いまだに断行の運びにいたらぬ。 店へはいる。「いらっしゃい」などと言われて店の者に笑顔で・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・○以後、洋服は月賦のこと。断行せよ。○本気になれぬ。○ゆうべ、うらない看てもらった。長生する由。子供がたくさん出来る由。○飼いごろし。○モオツアルト。Mozart.○人のためになって死にたい。○コーヒー八杯呑んで・・・ 太宰治 「古典風」
・・・しかしまた俗流の毀誉を超越して所信を断行している高士の顔も涼しかりそうである。しかしこの二つの顔の区別はなかなかわかりにくいようである。また、少し感の悪いうっかり者が、とんでもない失策を演じながら当人はそれと気がつかずに太平楽な顔をしている・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
出典:青空文庫