・・・省作は長い長い二回の手紙を読み、切実でそうして明快なおとよが心線に触れたのである。 萎れた草花が水を吸い上げて生気を得たごとく、省作は新たなる血潮が全身にみなぎるを覚えて、命が確実になった心持ちがするのである。「失態も糸瓜もない。世・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・それはかなり正直な、明快な、挨拶ぶりであった。「……いったいに笹川君の書くものは、これまでのところではあまり人気のある方では、なかったようです。それで、今度の笹川君の労作にかかる長編の出版されるについては、私たち友人としては、なるべく多・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・三郎はまた三郎で、画面の上に物の奥行きなぞを無視し、明快に明快にと進んで行っているほうで、きのう自分の描いたものをきょうは旧いとするほどの変わり方だが、あの子のように新しいものを求めて熱狂するような心もまた私自身の内に潜んでいないでもない。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・と、はじめて、あなたの文章と同じ響きの、強い明快の調子で言いました。「いいえ、それどころか。」私は、てんてこ舞いをしていました。そうして、えへへ、と実に卑しいお追従笑いをしたようです。本当に、仕事の邪魔どころか、私は目がくらんで矢庭に倒・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・死ぬることへ、まっすぐに一すじ、明快、完璧の鋳型ができていて、私は、鎔かされた鉛のように、鋳型へさっと流れ込めば、それでよかった。何故に縊死の形式を選出したのか。スタヴロギンの真似ではなかった。いや、ひょっとすると、そうかも知れない。自殺の・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・そうして簡易な解析と手軽な実験によって問題の大きい輪郭を明快に決定するという行き方であったように見える。解析の方法でも、数学者流に先ず最も一般の場合を取扱った後に a=0 b=0 c=0……と置く流儀ではなかったようである。実験の方でも高価・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・それかと言ってこれに対する明快な解決はやはり得られなかった。 延び過ぎた芝の根もとが腐れかかっているのを見た時に、私はふと単純な言葉の上の連想から、あまりに栄え茂りすぎた物質的文化のために人間生活の根本が腐れかかるのではないかと思ってみ・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ まじめで、正直で、親切で、それで頭が非常によくて講義が明快だから評判の悪いはずはなかった。しかし茶目気分横溢していてむつかしい学科はなんでもきらいだという悪太郎どもにとっては、先生の勤勉と、正確というよりも先生の教える学問のむつかしさ・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・ まず器械の歴史から、その原理構造などを明快に説明した後にいよいよ実験にとりかかった時には異常な緊張が講堂全体に充満していたわけである。いよいよ蝋管に声を吹き込む段となって、文学士は吹き込みラッパをその美髯の間に見える紅いくちびるに押し・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・を見ると、たとえそれが品の悪い題材を取扱った浮世絵のようなものであっても、一口に云って差しつかえのないと思う特徴は、複雑な自然人生の中から何らか普遍的な要素を捉まえていて、そしてそれを表わすに最も簡単明快な方法を選んでいる事である。例えば光・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫